尼僧サーバッティー(令和5年2月)

尼僧サーバッティー(にそうさーばつてぃー)

                       令和5年2月 若葉会御講       

 むかし、インドのコーサラ国で瑠璃王が国を治めていた頃のお話です。瑠璃王の母親はシャカ族の身分の低いひとでしたが、それを隠して王家の身分と偽って、瑠璃王の父のもとに嫁がされてきました。そのことを後で知った瑠璃王は、母親のことをバカにするシャカ族に対して憎しみを抱き、軍隊を率いてシャカ族を亡ぼしてしまいました。また、瑠璃王は、その卑屈で愚かな心から、国民に対しても慈しみの心がもてず、象に酒を飲ませて町に放って暴れさせ、国中の人々を苦しめていました。そんな時代に五百人もの若い女性たちが、「この国にいても将来に希望がもてない」との理由で、出家して尼僧になろうとしていました。五百人もの女性は皆、何の不自由もない裕福な家の出身でしたが、「少しでも正しい道を求めて、清らかな人生を歩みたい」と思っていました。
 五百人の女性たちは、尼僧としての心構えを教わりたいとの気もちから、ストーラナンダという先輩尼僧を訪ねました。ところが、ストーラナンダは、「あなた逹は皆、裕福な貴族の出身ですよね。出家すると質素な食事と厳しい規則の毎日ですよ。そんな苦労はあなた達には耐えられないでしょう。さっさと良い男性を見つけ、結婚して家族を築き、楽しい生活をする中で、時々仏さまにお布施を行うでだけで充分だと思いますよ。出家して尼僧になったならば、今の地位も名誉も財産も、何もかも失ってしまいます。せっかく過去世の因縁によって、恵まれた身分に産まれてくることができたのに、その徳を放り出すなんて、とてももったいないことですよ」と、女性たちに言いました。そう言うストーラナンダでしたが、心の中では「今までさんざん楽して生活してきた小娘たちが、何を今さら偉そうに出家して尼僧になりたいだなどと、冗談もほどほどにしてくれ」と、女性たちがなぜ出家したいのかという心が理解できずに、こんなわがままな女性たちを出家させてたまるものかと思いました。
 こうして、ストーラナンダの言葉によって、女性たちの出家の心は揺らいでしまい、出家をあきらめてそれぞれ家に帰ろうとしたその時、一人の女性が、「七大比丘の一人であるサーバッティー様に話を聞いてもらおう」と提案し、皆でサーバッティー様のもとを訪ねました。そして、「私たちは出家して仏道修行に励みたいと決意しましたが、色々と迷いの心が出てきて、家族のもとを去る気もちが揺らいでいます。どうか、お話を聞かせて頂けないでしょうか」と、サーバッティーにお願いしました。
 サーバッティーは、「そうですか。家族のもとを離れるという苦しみほど辛いものはありません。でも実際は、家族の愛情や欲望にとらわれて積む悪の罪業は、火事になっているのも知らずに、赤々と炎に包まれている家の中にいるようなものです。それが、過去・現在・未来の苦しみにつながっていくことなど、なかなか覚れるものではありません。それをわかってもらうために、私の体験をお話しましょう」と、五百人の女性たちに告げました。こうしてサーバッティーは、自分が出家して尼僧となり、現在にいたるまでの自身の話を始めました。
 「私は名門の家に生まれ、何一つ不自由なく両親に大事に育てられました。やがて年頃となり、親の言いつけで、同じく名門の家の青年と結婚しました。そこまでの人生は、順調で涙一つ流すことなく、苦しむこともありませんでした。しかし、結婚してからは不幸の連続でした。待望の長男が産まれて喜ぶのもつかの間、1年が経った頃に夫の両親が急病で相次いで亡くなってしまいました。夫婦で悲しみに暮れるなか、2番目の子供が出来たことがわかり、私は実家でお産をしようと思い、出産が近くなったある日、夫で長男と3人で実家に向かっていました。ところが急に産気づき、しばらく様子をみようと大きな木の下で休むことにしました。夜も更けあたりが暗くなったころ、そばにいた夫が突然現れた毒蛇にかまれてしまい、夫はそのまま亡くなってしまいました。長男は泣きわめき、私はそんなショックな状況の中で次男を出産しました。朝になり、気を取り戻した私はやっとの思いで、生まれたての赤ん坊を抱き、長男の手を引いて実家へと急ぎました。誰かに助けてもらいたかったのですが、誰1人出合うことができません。やがて、大きな川にぶつかりました。私は子供2人を一緒に向こう岸まで運ぶことは出来ないので、まず最初に赤ん坊を亡き夫の衣服に包んで抱きかかえ、向こう岸まで運び、長男のいる岸に戻ろうとした時、長男は私がこちらに向かう姿を見て、待ちきれずに川の中に入ってきました。すると、私の目の前で長男は川の流れにのみ込まれ、ついに見えなくなってしまいました。がく然とするなか赤ん坊のいる向こう岸を見ると、オオカミが赤ん坊をくわえて去って行くところでした。その瞬間私はついに気を失ってしまいました。しばらくして目を覚ました私は、たまたま通りかかった父親の友人に助けられていました。いきなり夫と2人の子供を失ってしまい、生きる気力すら無くなり、あとはなんとか両親のもとへ向かうしかないと思っていると、父親の友人から、実は3日前に実家が火事で全焼し、両親が亡くなってしまったことを伝えられました。そして、一度に不幸のドン底につき落とされた私を、父親の友人はなぐさめながら面倒を見てくれ、その上再婚の相手も見つけてくれ、私は、あぁやっとまた幸せな家庭を築くことができると、未来への希望を持てるようになりました。そののち、再婚したのですがその夫も数年で亡くなってしまったのです。そして、その地方の習わしで、私は亡くなった夫と一緒にお墓に埋められてしまいました。お墓には色々な財宝と一緒に埋葬されました。あぁこれで私の人生も終わりなのかと思いましたが、すぐに財宝目当ての盗賊がお墓を掘り起こしにきたのです。私は再び助けられましたが、今度はむりやり盗賊のお頭の妻にされてしまいました。そしてその数日後、盗賊のお頭は盗みに入った屋敷の警護をしている人に殺されてしまい、私は亡くなった盗賊の妻ということで、またお墓に盗賊のお頭と一緒に埋められてしまいました。すると今度は、野犬やオオカミがお墓を掘り起こし、私は命からがらそこから逃げ出すことができました。私は前世でいったい何をしたからこんな2度も3度も辛い目にあうのだろうと思い知らされ、祇園精舎にいらっしゃるお釈迦さまのもとを訪ねました。そして、出家させていただき尼僧となり、残された人生を仏道修行に励ませて頂こうと決心しました。こうして現在の私の姿があるのです」と、壮絶な人生と出家して尼僧となったいきさつを、集まった五百人の女性に伝えました。
 女性たちは、サーバッティーのあまりの悲劇の連続と不幸な人生に衝撃を受け、言葉を失ってぼうぜんとしていました。するとサーバッティーは更に、「私は修行を積みかさねた結果、神通力の力を得ることができました。この力によって、私は過去世の自分の姿を知ることができました」と言い、自分の過去世の話を始めました。「むかし、あるところに長者がおり、第一夫人と暮らしていましたが子供を生むことができず、やがて長者は第二夫人との間に男の子が生まれました。第一夫人は、将来その男の子が家を継ぐことになったら、自分は捨てられると思い、隠れて産まれたばかりの男の子に針を刺して殺してしまいました。誰にもわからないと思っていたら、第二夫人から疑いをかけられ、その時第一夫人は『もし、私がしたのなら、どんな報いでも受けるわよ。未来世で夫が毒蛇にかまれ、子供が川でおぼれ、オオカミに殺され、両親が焼け死んで、私が生き埋めになっても構わない』と言ったのです。そうです。私の過去世は、その第一夫人だったのです。そして、私の言った通りの報いを今生で受けたのです」と告白しました。サーバッティーのすべての話を聞き終わった五百人の女性たちは、今生きているなかで受ける、すべての喜びや楽しみ、悲しみや苦しみは自分の過去世からの因果の報いなのだということを確信し、今生きて行く上で何が1番大切なのかを知ることができ、出家への迷いの心もすっかり晴れて、尼僧となって仏道修行に励み、過去世からの不幸の因縁を断ち切り、未来世の自身の幸福のために徳を積むことに精進しました。
 皆さん、今日の話はどうだったでしょうか。今の世の中、さすがにサーバッティーのような不幸な人生を送っている人はいないと思うかもしれませんが、最近、日本では強盗事件や交通事故、自然災害などの人災天災があらゆるところで起こり、世界を見てもロシア軍のウクライナ侵攻によって、悲しみ苦しんでいる方々が沢山います。私たちも〝一寸先は闇〟という言葉のように、過去世からの因縁によって、ある日突然困難な出来事が自分を襲うかわかりません。サーバッティーのように神通力によって、これから起こるかもしれない自分自身の因縁がわかれば良いですが、そのような力も身につけることはできません。ですからこそ、毎日しっかりと勤行・唱題を行い有意義な日々を送り、御本尊様や諸天善神から見守って頂けるように、また、信心修行の功徳によって、自分自身の不幸の原因を消し去ることができるように、そしてこうした仏教の話、なぜ大聖人様の教えを信じ行じていかなければならないのかを、お友達にお話することができるように頑張っていきましょう。