年納め唱題行を終えて

 あと十日余りとなり、二十二日の年納め唱題行をもって本年の寺院行事の一切を終了致しました。しかしながら、未だ達成率六十%余の本年の折伏誓願目標完遂成就の為にも、妙眞寺檀信徒の皆様には、大晦日に至るまで自行化他に亘る不断の唱題行をもって、決して諦めずに折伏弘教に励まれますとともに、令和六年の新春を輝かしく迎えるためにも、本年の反省と新たなる決意として御本尊様にお誓い申し上げ、必ず成就すべき誓願を定めて頂きたく存じます。

 私たちは常に仏祖三宝尊様への御恩徳に報い奉るべく、日々末法の御本仏様への信仰を基軸として、一生成仏の境界の確立と無事安穏なる毎日を過ごすことが、決して金銭では手にすることの出来ない、いかに有り難きことであるか、そこにまた真の幸福があることを、今一度銘記して頂くことが肝要であります。ましてや、何かしらの諸難困難が我が身を襲った時こそ、より一層精進の誠を尽くして、御本尊様からの御仏智を頂き克服して行くことが出来うるのであり、正に大聖人様が『弥源太殿御返事』に、「日蓮法華経の文の如くならば通塞の案内者なり。只一心に信心おはして霊山を期し給へ。ぜにと云ふものは用にしたがって変ずるなり。法華経も亦復是くの如し。やみには灯となり、渡りには舟となり、或は水ともなり、或は火ともなり給ふなり。若し然らば法華経は現世安隠・後生善処の御経なり(中略)能く能く諸天にいのり申すべし。信心にあかなくして所願を成就し給へ」と仰せになられている通りであります。

 よって大聖人様が『四恩抄』に、「仏宝・法宝は必ず僧によりて住す。譬へば薪なければ火無く、大地無ければ草木生ずべからず」と仰せになられているように、末法の御本仏宗祖日蓮大聖人様が、末法御出世の本懐として御図顕遊ばされた本門戒壇の大御本尊様とその御法魂、大聖人様の御生骨や御灰骨、その他大聖人様由縁の御宝物の一切を第二祖日興上人様が受け継がれ、大聖人様御入滅ののち、身延の山が謗法と化したことにより、富士上野・大石が原の地に、大聖人様より上野賢人と称された地頭・南条時光殿と共に創建された総本山大石寺に厳護されて以来、第三祖日目上人をはじめとする御歴代御法主上人に御相承遊ばされ、令和の今日、御当代第六十八世御法主日如上人猊下の代に及び、総じて七百四十余年が経過しております。また、今後も末法尽未来際にわたって末法の下種三宝尊様を護られ、広布大願に向かって当日蓮正宗を御統率遊ばされる御方こそが、その時代における御法主上人猊下様ただお一人なのであります。

 また大聖人様は、『日蓮一期弘法付嘱書』に、「日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり。国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法と謂ふは是なり。就中我が門弟等此の状を守るべきなり」、『身延山付囑書』には、「釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す。身延山久遠寺の別当たるべきなり。背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり」と、大聖人様はただお一人、日興上人様に御自身亡きあとの一宗の統率を御相承されたのであります。正に『四恩抄』の御金言の通りに、末法の下種三宝尊として、仏宝たる宗祖日蓮大聖人様、法宝たる本門戒壇の大御本尊様は、僧宝の随一たる第二祖日興上人によって相承され、御歴代御法主上人によって厳護されてきたのであります。更に七百四十余年の歴史を拝せば、鎌倉時代以降、戦国時代や江戸時代、そして軍国主義が色濃くなった明治・大正・昭和の第二次世界大戦の終戦に至り宗教法人法が新たに施行されるまで、理不尽極まりない宗教制度より日蓮正宗の伝統と格式、そしてその大聖人様が建立遊ばされた一期の弘法のを、身命を賭して護られてきたのが、御歴代御法主上人や先師先達方の御労苦と御偉業であり、私たちは令和の今日、些かの濁りも混じりも無く拝することができることに対し、衷心より感謝し奉ることが私たちの信仰生活にとって実に大事なことであり、決して軽んじてはならない大切なことであります。

 そして大聖人様は、『米穀御書』に「其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ。仏種は縁に従って起こる、是の故に一乗を説くなるべし」と仰せであります。
 総本山では宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年慶祝記念総会並びに総登山が行われ、妙眞寺におきましても五回にわたり総登山を計画し、多くの方々に御参加頂きました。また、昭和八年十二月八日、妙眞寺の前身として信行閣が開堂して以来九十星霜が経過し、昭和二十二年には本地山妙眞寺として寺号公称し、昭和二十三年には妙眞寺法華講が結成され、結成以来本年で七十五周年を迎えた本年、今月十七日には東京第二布教区宗務支院長・土居崎日裕御尊能化をはじめ来賓御僧侶の皆様の御臨席を賜り、妙眞寺創立九十周年並びに法華講結成七十五周年記念法要が、厳粛且つ盛大に奉修されました。信行閣創建当時の昭和初期、東京都内の城南地域には妙光寺しか日蓮正宗寺院はありませんでした。そうした現状を鑑み、城南布教の礎を建立すべく、出家得度の師匠であり、妙光寺第二代住職・大慈院日仁贈上人(有元日仁御尊能化)御指導のもと、妙眞寺初代住職・一如阿闍梨廣生房日弘大徳(平山廣生師)は、昭和七年に現在の妙國寺の前身である妙光院の建立寄進に尽力され、そののち信行閣の建立寄進に着手され、大聖人様の『米穀御書』の御金言を実現すべく、城南地域弘教の法城を建立されたのであります。私たち妙眞寺僧俗は、今こそこうした妙眞寺建立の意義を深く身に体し、あらゆる折伏の機縁を感じつつ、その大事な機会を決して見逃すことがないように努めて頂きたく念願いたします。

 間もなく令和六年の元日を迎えるに当たり、皆様には『十字御書』の、「正月の一日は日のはじめ、月の始め、としのはじめ、春の始め。此をもてなす人は月の西より東をさしてみつがごとく、日の東より西へわたりてあきらかなるがごとく、とくもまさり人にもあいせられ候なり(中略)今正月の始めに法華経をくやうしまいらせんとをぼしめす御心は、木より花のさき、池より蓮のつぼみ、雪山のせんだんのひらけ、月の始めて出づるなるべし。今日本国の法華経をかたきとして、わざわいを千里の外よりまねき出だせり。此をもってをもうに、今又法華経を信ずる人はさいわいを万里の外よりあつむべし」と仰せのように、「年に一度の宗祖日蓮大聖人御会式法要に参詣せねば、日蓮正宗の僧俗でもなければ大いなる功徳も成就できない」との古来よりの御遺訓と同様、日蓮正宗の僧俗たる者、一月一日という令和六年の始まりの日を何よりも大事に、一年三百六十五日を無事故無障礙にてお送り頂き、幸福を招き集めることができるように、そしてあらゆる誓願を御本尊様にお誓い申し上げる為にも、万事を閣いて寺院に参詣して新年の御挨拶を申し上げて頂きたく願います。当然のことながら、菩提寺に参詣されることが望ましいですが、年末年始の御実家へ帰省される方々、所属寺院が遠隔地の場合は、是非とも御実家近くの本宗寺院へと御参詣頂きたく存じます。

 以上、皆様方には、その意とするところをお汲み頂き、世情不安著しい昨今ではありますが、こうした時こそ万難を排しつつ眦を決して、令和末法の今、万人が一人として漏れること無く崇高な幸福なる境涯へと導かれる、大聖人様説くところの末法唯一無二の正法正義に一人でも多くの方を誘うべく、その責務と使命を果たされますよう心よりお祈り申し上げます。

年納め唱題行