空から落ちた久米仙人(令和8年1月)
空(そら)から落(お)ちた久(く)米(め)仙(せん)人(にん)
令和8年1月 若葉会御講
むかし、神(じん)通(つう)力(りき)を使って不思議な力を使えていた時代、奈良県吉野山の竜(りゅう)門(もん)寺(じ)というお寺で仙人の術を習っている2人の男がいました。1人を「あずみ」といい、もう1人を「久(く)米(め)」といいました。何年も修行して、ついにあずみは空を飛べるようになりました。まるで鳥のように空を飛べます。あずみは遠くまで飛んでいって見えなくなってしまいました。それを見て久米は、自分も早く空に舞い上がりたいと、一生懸命修行に励みました。いつしか久米も、フワッと空に浮くと落ちないコツをつかみました。ちょうど、水泳の上手な人がいつまでも水に沈まないで浮いていられるようなものです。
やがて久米は、無心になって精神統一すると自分の進みたい所へ、フワッと空を飛ぶ術を会(え)得(とく)しました。久米はうれしくて夢中で山々の上空を飛び回りました。そして、人里近くまで来たとき、川で洗濯をしている女の人をみつけました。近づいて見ると若い娘さんで、着物のすそをひざの上までたくし上げ、はだしになって洗濯していました。久米はつい、その白い美しい足に見取れてしまいました。
そのとき、久米は空飛ぶ術が破れ、川の中にドボンと落ちてしまいました。女性は「キャー」と、肝をつぶさんばかりに驚きました。久米はとても恥ずかしくなり、空に舞い上がろうとしましたが、もう飛び上がることができなくなってしまいました。久米は長年厳しい修行をして仙人の術を得ましたが、女性の白く美しい足に心をうばわれて、術が使えなくなってしまいました。飛ぶことができなくなった久米仙人は、普通の人にもどって、その女性と結婚して平凡な暮らしをするようになりました。
こうして数年が過ぎたある年のこと、聖(しょう)武(む)天(てん)皇(のう)が東(とう)大(だい)寺(じ)を建立するというので、多くの人(にん)夫(ぷ)が集められました。久米も人夫として呼び出され、吉野の山で切った木を運ぶことになりました。大木を切りたおして枝を落とし、きれいになった木を山の斜(しゃ)面(めん)に転(ころ)がし、数人がかりで製(せい)材(ざい)所(しょ)に運ぶのです。それはとても危険な仕事で、もう何人もケガをしています。人夫の中には、久米が以前仙人だったことを知っている人もいて、久米のことを”仙人さん、仙人さん“と呼んでいました。
それを聞いた役人は、「久米の仙人さん、あんたはむかし、空を飛んでいだんだってね~。そんなすごい術があるのなら、この木材を製材所まで飛ばせてくれると助かるんだがね」と言いました。久米はビックリして、「とんでもございません。私は術が使えなくなってから、もう何年にもなります。とても無理なことでございます」と言いました。でも心の中では、「もし、そんなことができれば仲間もケガをしなくてすむし、素晴らしいことだ。むかし、空を飛んだ時のように一生懸命念ずればできるかもしれない。ひとつやってみよう」と決意しました。
次の日から1週間、久米は寝食も忘れて仙術の修行を続けました。久米は「どうかもう一度だけ、私に空を飛ぶ術を与えて下さい。大勢の人夫が助かります。どうかよろしくお願いします」と念じ、精神を統一しました。ところが山の現場では、「久米の仙人さん、どうして来ないんだ?木を飛ばしてくれと言ったから、おじけづいたのかな?バカだな~じょうだんなのに」と、みんなで笑っていました。そのうち、一週間も来ないので、役人は明日にでも久米の家に行ってみることにしました。
そして8日目の朝のことです。空(そら)一(いち)面(めん)に大きな雲が広がり、あたりが急に暗くなりました。すると大雨と共にカミナリがなり出しました。ところが一刻(2時間)ほどしたら止(や)んでしまい、まぶしいほどの青空となりました。その中をグォーンと音を立てて、大きな木や小さな木が次から次へと飛んでいくではありませんか。人々は我が目を疑い、目をこらして見ましたが夢ではありません。役人たちは、「ひょっとして、久米の仙人さんが飛ばしているのかもしれない。これはすごい奇跡だ」と語り合いました。
一躍、久米は、女性の足に見取れて空から落っこちた、まぬけな仙人から大量の木を飛ばせるえらい仙人様になりました。役人や人夫は、久米を神さまのようにあがめるようになりました。この噂(うわさ)は聖武天皇のもとまで届き、天皇はこの不思議な神通力を使う久米に対し、三十町歩(ちょうぶ)(約1万坪)の田畑を寄進しました。思わぬ御(ご)褒(ほう)美(び)を頂いた久米は、再び仙術を使えるようになったお礼に、この地に久米寺というお寺を建立しました。その時代の人々はよくこのお寺に参詣したそうです。
久米仙人は、長年山にこもり苦労して修行し、やっと空を飛べる仙人になりましたが、その術も女性の美しさに心を奪われ使えなくなってしまいました。しかし、いざとなった時、再び決心して一心に修行して大木を空に飛ばすという誰にもできなかったことを見事やり遂げました。そして、まぬけな仙人からえらい仙人と言われるようになり、天皇からも三十町歩もの田畑を御褒美にもらい、寺院も建立することができました。久米の偉いところは、何よりも自分だけが空を飛んで楽しむのではなく、多くの木材を飛ばして大勢の人夫を助け、国の大事に役立つ志を立て、天皇から御褒美をもらっても、決して偉そうにすることなく、恩返しにお寺を建てる志を立てたところにあります。皆さんも久米のように、自分のことばかり心配したり考えたり、自分の楽しみに一生懸命になるばかりではなく、多くの人々のお役に立ちたい、困っている人を助けたいと考えていくことも大切なことです。
これからの人生において、上手くいくときもあれば、思うようにいかない時もあるでしょう。また、何か成功したり達成したりすれば周りの人たちから褒められ、途中であきらめたり失敗したりすれば”まぬけ“とか”腰抜け“とかと言われることがあるかもしれません。しかし、私たちには御本尊様という素晴らしい存在が常に身近におります。ですから、御本尊様にお題目を唱えながら、最後まであきらめずに強い一念心を貫いて行くと、必ず御本尊様が皆さんに奇跡とも言えるような不思議な結果をもたらして頂けることを忘れないでください。
日蓮大聖人様は「妙と申すことは開と云ふ事なり」と仰せであります。どうか皆さんには日頃の朝夕の勤行や唱題を中心に、信心修行に一生懸命精進して毎日を送り、小さなことで悩んだり色々な問題を抱えたり何か困った時こそ、そうした状況を大きく開き解決できるように、今年1年頑張って行きましょう。

