山を移した愚公(令和7年11月)
山(やま) を 移(うつ) し た 愚(ぐ) 公(こう)
令和7年11月 若葉会御講
むかし、中(ちゆう)国(ごく)の山(さん)西(せい)省(しよう)に愚(ぐ)公(こう)という老人を中心とする一族が住んでいました。しかし、その村は太(たい)行(こう)山(ざん)と王(おう)屋(おく)山(ざん)という大きな山にふさがれていて、どこへ行くにもそのけわしい山を越えていかならず、とても不(ふ)便(べん)な生活をしていました。
愚公は90才になったとき、「自分はもういつ死んでも不思議ではない。しかし、自分には人生最後にやっておきたいことがある。それは、子や孫のためにこの二つの山を切り開いて道を作ることである。この山を平らにして、お前たちが将来自由にいける道を開きたい。どうだろうか、みな一緒に力を合わせて手伝ってほしい」と家族に言いました。皆はあまりに途方もないことなので、はじめはビックリして言葉も出ませんでしたが、そのうち長男が、次男が、そして三男の兄弟3人が誓って言いました。「わかりました。お父さんのいうとおり、あの山を切り崩(くず)して、河(か)南(なん)省(しよう)の漢(かん)水(すい)の南(なん)岸(がん)までまっすぐな道路を作りましょう。決めたからには明日から工事に取りかかりましょう」。
これを聞いた愚公の奥さんは、「これだけの人数では、小さな丘も崩すことはできませんよ。ましてや、あのけわしい山をどうやって崩すんですか。それに崩した大量の土や石はどうするのですか」と言いました。すると孫たちが「僕たちが渤(ぼつ)海(かい)まで運んで捨ててきますよ」と言いました。
こうして工事が始まりました。90才の愚公もみずから手伝い、子供たちは大きな石をくだき、孫たちはたくさんの土や石を遠い渤海まで捨てにいきました。この姿を見た村人たちが、「わたしの息子も手伝わせてください」と申し出ました。こうして、まだ8才の子供まで工事作業に参加しました。みんな、汗だくで疲れ切っているのに、笑顔で楽しそうです。それは、一つの目的のためにみんなの心が結ばれているから、生き生きとしているのです。
こうして1年がすぎたころ、となり村の長(ちよう)老(ろう)の智(ち)叟(そう)が「お前さんもあきための悪い人だね。この大きな山を平らにして道路が完成するのは、一体何百年先のことかね。1年もたつのに、まだ100メートルしか進んでないじゃないか。もうやめたほうがいいんじゃないのか」と言いました。すると愚公は「100メートルしかじゃなくて、100メートルも掘り進んだんだよ。いいかい、私が死んでも子供たちがいるかぎり、私の意思を継いでくれる。子から子へ、孫から孫へ、この志は引き継がれていくが、山はもうこれ以上高くなることはない。私たちは必ずやりきることができる。これが道理だよ」と言い、智叟は、この言葉を聞いて何も言い返せませんでした。
さて、この愚公の言葉を、もう1人聞いている人がいました。それは山の神で、その神は愚公のことを天の神である帝(たい)釈(しやく)天(てん)王(のう)に伝えました。帝釈天王は、愚公の意思の強さと行動に感心し、2人の神に命じ、一夜のうちに太行山と王屋山を、北と南の地方に移動させました。
こうして一晩のうちに山がなくなってしまい、ついに漢水までの一直線の道路は立派に完成したのです。愚公の一念心と行動は、帝釈天王の心までも動かし、あの大きな山も動かして、不可能を可能にしたのです。
日蓮大聖人さまは、「塵(ちり)つもりて山となる、山かさなりて須(しゆ)弥(み)山(せん)となれり。小事つもりて大事となる」と、大きな山も小さな土石の集まりであり、大事業も小さな行動の積み重ねであると仰せです。皆さんも、ぜひ大きな目標を決めて、その達成のために毎日の朝夕の勤行と唱題を一遍一遍力強く唱え、学校の勉強もこつこつ頑張って行きましょう。1日1日を大切にして、「何でも全力でやりきっていこう」という強い意志と行動があれば、必ず大きな未来が開け、立派な大人になれます。そして、皆さんの何事にも一生懸命な心と行動があれば、それを御覧になっている御本尊様をはじめ、朝勤行の初座で御観念している、大(だい)梵(ぼん)天(てん)王(のう)や帝釈天王等の諸(しよ)天(てん)善(ぜん)神(じん)が必ず力を貸してくれるでしょう。

