御報恩御講住職指導(令和7年9月)

 今月20日に第七回御忌を迎える御先師日顯上人は、御在職中、特に我々弟子一同に対し常々御指南遊ばされてきたのが、「唱題行の大事」と「正直」の二点でありました。
 つまり、いくら一生懸命唱題したとしても、そこに正直な心根がなければ意味を成さず、また正直者であっても自行化他に亘る唱題行を行じて功徳利益を積み累ねて行かなければ、仏道修行者としての本懐を全うできないということであります。
 ここで少々日顯上人の御指南を拝しますと、『私は「正直」ということが一番大事だと思います。特に宗祖大聖人様の御教えを受持していく上からは、この正直ということが一番根本だということを、一つの確信をもっておるのであります。なぜならば、大聖人様の御教えは、すべてを正しく、正直に見、正直に認めて、そしてまた、正直にそれを人々に話していく、その正直の教えのなかにおのずから幸せがあり、成仏があるという教えであると思っております。『当体義抄』に、「正直に方便を捨て但法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱ふる人は、煩悩・業・苦の三道、法身・般若・解脱の三徳と転じて、三観・三諦即一心に顕はれ、其の人の所住の処は常寂光土なり。能居・所居、身土・色心、倶体倶用の無作三身、本門寿量の当体蓮華の仏とは、日蓮が弟子檀那等の中の事なり」という文底下種の大法の不可思議なる功徳をお示しでありますけれども、その源は「正直」の二字であります。正直に方便を捨てなければならないのであり、そこに正しい仏法が燦然として光り輝いてくるのであります。ですから、それはまた、日常の生活の心構えのなかにおいても、正直であるということが大切であると思います』と仰せになられております。
 よって、私たちが日常生活を送るなかで大事なことは『諸法実相抄』の、「行学の二道をはげみ候べし。行学たへなば仏法はあるべからず。我もいたし人をも教化候へ。行学は信心よりをこるべく候。力あらば一文一句なりともかたらせ給ふべし」の御金言を銘記し、御本尊様への絶対なる確信をもって、正直な信心に住して行学の二道乃至日常生活を送り、万人から信頼信用されるような人としての徳を確立することであります。
 また、たとえこの尊い信心を行じていたとしても、人としての発言・行動がいい加減であったり、不正直な姿があったならば、徳を積むどころかかえって罪障を積み累ねてしまいます。そして信行実践の功徳とは、非常に不可思議な果報を招きいだし、尊い境界に至らしめるものであり、私たちが一生をかけて積み累ねるべき幸福の源となる福徳となります。そして、家族が一致団結して互いに福徳を増進していくところに、初めて真の一家の団らん和楽を築き上げ、ありとあらゆる諸難困難を乗り越え、万年に亘る一家一族の繁栄を築くことが出来うることを改めて銘記して頂きたいと存じます。
 今月は宗内全僧俗が『折伏強化月間』として精進しております。あと半月となった今、その意とするところを充分汲みとられ、たとえ今月中に結果へと繋がらなくとも、あと三ヶ月半余りとなった本年を有意義によりお送り頂きたく、その契機とすることができるよう、いよいよ御精進の誠を尽くして頂きたく願います。