御報恩御講(令和7年9月)
令和七年九月御講
祈禱抄(きとうしょう) (六三〇ページ)
文永九年 五十一歳
月(つき)を待(ま)つまでは灯(ともしび)を憑(たの)むべし。宝珠(ほうじゅ)のなき処(ところ)には金銀(こんごん)も宝(たから)なり。白(はく)烏(う)の恩(おん)をば黒(こく)烏(う)に報(ほう)ずべし。聖僧(せいそう)の恩(おん)をば凡僧(ぼんそう)に報(ほう)ずべし。とくとく利生(りしょう)をさづけ給(たま)へと強盛(ごうじょう)に申(もう)すならば、いかでか祈(いの)りのかな(叶)はざるべき。
今月拝読の御書は、『祈祷抄』であります。本抄は、文永九(一二七二)年、大聖人様御歳五十一歳の時に佐渡において認められた御書であります。本抄を賜ったのは、最蓮房と伝えられています。
最蓮房については令和五年五月の御講にも少しお話ししましたが、もともと天台宗比叡山の学僧だったのですが、文永元年三月、比叡山の火事で責任を追わされ佐渡に流されたと伝わっていますが、その真偽は定かではありません。
やがて大聖人様が佐渡に入られると、大聖人様の人徳と学徳に傾倒して弟子となり、『生死一大事血脈抄』や『諸法実相抄』等々重要な御法門が明かされた御書を頂いており、学徳の優れた方であったと思われます。
残念ながら、最蓮房に与えられた御書の一編もその在所の確認できないことです。
文永九年、入信して間もない最蓮房は大聖人様に質問をいたします。それは「世の中には華厳宗・法相宗・三論宗・真言宗・天台宗等あるが、どの宗派でお祈りをすれば御利益があるでしょうか」という質問であります。
その御返事として大聖人様は、『祈祷抄』を最蓮房に送られたのです。
最蓮房は、非常に学徳が優れていたようですが、身体が弱かったようであります。常に身体の不安を抱えていたが故にこのような質問をされたのかもしれません。
本抄の全体的な内容は、諸宗、いわゆる真言や念仏などは結局仮の教えを拠り所として宗派を立てているのであるから、どんなに祈っても利益はなく、かえって堕地獄の 原因となってしまうのである。それにひきかえ法華経は全ての仏様や菩薩、一切衆生が成仏した教えであるから、この法華経を持つ行者がいるならば、仏様や菩薩などが法華経よりうけた恩に報いる為に、必ずその行者を守っていくのであると仰せです。
そして有名な一節ですが、
「大地はささばはづるるとも、虚空をつなぐ者はありとも、潮のみちひぬ事はありとも、日は西より出づるとも、法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず」
と仰せになり、たとえ、大地を的としながら外れてしまう事があっても、虚空をつないで捕まえてしまう者がいても、潮の満ち干きがなくなるような事があっても、また太陽が西から昇るような事があったとしても、こういうあってはならない現象が万が一おころうとも、法華経の行者の祈りが叶わないことは絶対にないんだと断言なさっています。私たちはこのお言葉を深く心に留めていきたいものです。
いつものように通釈をしてまいります。
「月(つき)を待(ま)つまでは灯(ともしび)を憑(たの)むべし。宝珠(ほうじゅ)のなき処(ところ)には金銀(こんごん)も宝(たから)なり。」
(通釈)
月が出るのを待つ間は(月の代わりとして)灯火を頼りとする。宝珠のないところでは金銀も宝となります。
「白(はく)烏(う)の恩(おん)をば黒(こく)烏(う)に報(ほう)ずべし。聖僧(せいそう)の恩(おん)をば凡僧(ぼんそう)に報(ほう)ずべし。」
(通釈)
白烏に恩を受けた者が黒烏にその恩を返したように、聖僧から受けた恩を凡僧に報ずるべきであります。
「白(はく)烏(う)の恩(おん)をば黒(こく)烏(う)に報(ほう)ずべし。」の由来を簡単に申しますと、天台大師の弟子・章安大師灌頂の『観心論疏』巻一に説かれる説話です。
昔、ある国の王が狩りの途中、毒蛇に襲われそうになった際、白烏がその危険を知らせて王の命を救いました。
後に王はこの時の白烏に恩返しをしようと所在を探したが見つけることができず、代わりに黒烏に施しを与えて 白烏の恩に報いたという説話です。
これを『祈祷抄』では、法華経を説いた釈尊を白烏とし、法華経によって成仏の境界を得た諸菩薩・人天・八部等が、その恩を黒烏、すなわち凡僧である末法の法華経の行者に報ずることに譬えています。
総本山第六十六世日達上人は、黒烏・凡僧を謗法者にあて、折伏をもって報恩とする解釈を度々示されています。(達全二輯二巻・富士学報創刊号参照)
「とくとく利生(りしょう)をさづけ給(たま)へと強盛(ごうじょう)に申(もう)すならば、いかでか祈(いの)りのかな(叶)はざるべき。」
(通釈)
速やかに利生(仏様が衆生を利益すること)を授け給えと強盛に申すならば、どうして祈りの叶わないことがありましょうか。」
このように大聖人様は仰せになり、法華経の信心で祈りを叶うことを最蓮房に御教示なされています。
それでは、今回の御聖訓のポイントを二つ申し上げたいと思います。
一つ目は「四恩報謝の実践者となろう」ということです。
今回の御聖訓にある「白(はく)烏(う)の恩(おん)をば黒(こく)烏(う)に報(ほう)ずべし。」との譬えについて、総本山第六十六世日達上人は、私たち 末法の衆生の報恩の在り方や修行の在り方を示される上から次のように仰せです。
「大聖人様に限らず、われわれを導いて、この南無妙法蓮華経につかせてくれた人は皆白烏である。その白烏に対して 自分は恩を報ずることは仲々できやしない(中略)どうして報じるかというと、同じく自分もまた謗法の人びとに、この妙法蓮華経を下種し、折伏して、教化して始めて、その恩を報じることができるということなんです」
(達全一-二-一六二)
と御指南なされています。
すなわち、自分を折伏し正法に導いてくれた人〔白烏〕に対する報恩は、今度は自分が折伏をする立場となり、 いまだこの正法を知らない人〔黒烏〕に、折伏を行ずる ことであると仰せなのです。
私たちは日々、仏祖三宝尊から計り知れない広大な恩を受けています。この仏恩に報いていくためにも、一人でも多くの人に一日でも早くこの正法を伝え、四恩報謝の実践者となっていくことが何よりも大切です。時を逃してはなりません。
謗法の害毒に苦しむ人々を救うため、さらに決意を新たにし、折伏実践の行動を起こしてまいりましょう。
二つ目は「力の限り折伏実践」ということです。
大聖人様は本抄において、大地を指さしてそれが外れる、また大空を繋ぐ者がいる、海の満ち潮・引き潮がなくなる、太陽が西から昇る、たとえこのような有り得ないことが起こったとしても、法華経の行者の祈りが叶わないことはないと断言されています(御書六三〇㌻)。
その上から今回の御聖訓に、
「とくとく利生(りしょう)をさづけ給(たま)へと強盛(ごうじょう)に申(もう)すならば、いかでか祈(いの)りのかな(叶)はざるべき。」
と仰せられているのです。
私たちは、御本仏大聖人様の力強いお言葉に勇気を頂き、真剣なる唱題、力の限りの折伏、この実践を続けていくならば、目の前の小さな悩みなどは雲散霧消し、必ずや誓願も成就していきます。講中皆が異体同心して、明るく元気に毎日の信心活動に取り組むことが肝要です。
最後に御法主日如上人猊下は、次のように御指南されています。
「一人でも多くの人々に、たとえ一文(いちもん)一句(いっく)なりとも、末法の御本仏日蓮大聖人様の正しい教えを伝え、下種(げしゅ)折伏していくことがいかに大切なことであるかを知り、お互いが声を掛け合い、励まし合い、世界中のすべての人の幸せを願い、広宣流布を目指してたくましく前進していくことが大事であります。」(大日蓮・令和六年九月号)
このように御指南なされ、お互いが声を掛け合い、励まし合い折伏していく大事を御指南されました。
現在、折伏強化月間の最中です。折伏は、法華講員一人ひとりの実践行です。まず御自身が、折伏相手に電話をかけてください、メールを送ってください、手紙を出してください。そして何よりも、直接お会いして話をする、これが一番です。
すでに支部から打ち出されている活動内容に沿って皆が実際に動く、まずは自分が動き出すことによって、周りも必ず変わっていきます。声を掛け合い励まし合って、講中一結して頑張りましょう。

