御報恩御講住職指導(令和8年4月)

 いよいよ新年度が始まり進学進級、就職など、新しい門出を迎えられた方々には、この佳き時節、どうか決意新たに輝かしい幕開けを飾られ、日頃の信行実践の功徳利益をもって華々しく御精進御活躍頂きたく存じます。
 江戸時代後期、肥前国平戸藩の藩主で「心(しん)形(ぎょう)刀(とう)流(りゅう)」と呼ばれる剣術流派の達人だった松(まつ)浦(うら)静(せい)山(ざん)(1760–1841)の著した剣術書『常(じょう)静(せい)子(し)剣(けん)談(だん)』に、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」とあります。この言葉は、かつてプロ野球のヤクルトや楽天を日本一へと導いた名将・野村克也監督の座右の銘とされた言葉でもありますが、その意味は、『本来の武道の道を尊重し教えられた技術を守って戦えば、たとえ気力が充実していなくても勝つことができる。このときの心の有り様を振り返ってみれば、不思議と考えずにはいられない。本来の道から外れ技術を誤れば、負けるのは疑いのない事である』とのことであります。
 この教訓は、武道をはじめとするスポーツ、はたまた世の中の全ての物事において、道理を弁え正しく事を実践して行くと不思議と良い結果に繋がって行き、逆にその道を違えてしまえば、いくら頑張っても自ずと悪い結果になってしまうことであると拝します。松浦静山は財政が逼迫していた当時の平戸藩を、財政・行政の改革や有能な人材の登用や育成といった藩政改革により、見事平戸藩を立て直し、さらに自然・人文といったあらゆる方面の知識に精通しており、先の教訓も世の中全般に対し実に的を射ている言葉であると思います。
 ここで私たちの信仰姿勢を考ると、大聖人様が『四(し)菩(ぼ)薩(さつ)造(ぞう)立(りゅう)抄(しょう)』に、「総じて日蓮が弟子と云って法華経を修行せん人々は日蓮が如くにし候へ。さだにも候はゞ、釈迦・多宝・十方の分身・十羅刹も御守り候べし」と仰せのように、正に大聖人様の仰せの如く、日々コツコツと正しく謙虚に信心修行を励むことにより、自ずと功徳を積み累ねて一つの結果を顕すことができるのであり、時には御本尊様の不可思議な力用や諸天の御加護によって、人智を超越した偉大なる結果を生ずることができるのであります。逆に、その道を違えて我意我見の信心に住せば、その結果は言うまでもありません。
 よって、今こそ私たちは不断の自行化他に亘る信行実践を励行し、今世の中で起きているありとあらゆる災禍を、他人事であったり対岸の火事と思わぬよう心して精進の誠を尽くして頂きたく存じます。そして、大聖人様が『松野殿御返事』に、「世の中ものうからん時も今生の苦さへかなしし。況してや来世の苦をやと思し食しても南無妙法蓮華経と唱へ、悦ばしからん時も今生の悦びは夢の中の夢、霊山浄土の悦びこそ実の悦ひなれと思し食し合はせて又南無妙法蓮華経と唱へ、退転なく修行して最後臨終の時を待って御覧ぜよ」と仰せの如く、過去遠々劫より続く三世の生命と宿業が存続されるなか、一(いち)夜(や)の仮(かり)宿(やど)に過ぎない今生現世において、決して寤(うつつ)を抜かすことなく現実を直視し、今成すべき大事を肝に銘じて頂きたいと存じます。そして、「無上の善報を賜(たまわ)らんと欲(ほっ)せば、須(すべから)く広布への行業の修すべし」との意気込みをもって、明年、妙眞寺初代住職第五十回忌を控えた本年の折伏強化月間と銘打たれた4月、その御恩徳に報い奉り今後の妙眞寺の興隆発展に向かう大事な時と心得て、少なくとも一人がひとり以上の方に下種血縁、折伏せしめることができるよう御精進ください。