疑う心と信じる心(令和7年8月)

疑(うたが)う心(こころ)と信(しん)じる心(こころ)

                      令和7年8月 若葉会御講
 今日は、「疑う心と信じる心」についての話をします。それは、お寺参りをしているおばあさんの話と、「藤(ふじ)のこぶ」を飲んで願いが叶(かな)った話です。
 まずおばあさんの話をします。青森県の津軽地方に岩木山という山があり、その麓(ふもと)にお寺がありました。そのお寺に毎日お参りする一人のおばあさんの話です。おばあさんは「こんだけ毎日お参りに来てるんだから、そのうち仏さまは、たくさんのご褒(ほう)美(び)をくれるだろう」、そして「あれ下さい、これ下さい」と、欲の心を一杯にしてお願いばかりしていました。しかし、おばあさんの願いは何も叶いませんでした。
 1年が過ぎたある日のこと、となりに住む友達のおばあさんを連れてお寺にきました。となりのおばあさんは、いつも「お寺に行こう」と誘われていましたが、どうしても行く気がしなくて、今日は仕方なくやってきました。二人が本堂でお参りをしていると、今日はじめてきたおばあさんの前に、お金の入った袋が天井から落ちてきました。毎日お参りしているおばあさんは、びっくりしました。「仏さま、どうしてだ。ワシはいつも参っているだに、何で今日はじめてきたババアだけに褒美さくれて、ワシにはくれねえだ。これじゃあ、えこひいきだべ」と大声で仏さまを怒(ど)鳴(な)りつけました。
 そうすると本堂の前の方から、おごそかな声が聞こえてきました。「いつも来るばあさんや、よく聞けよ。お前さんの前世は、ネズミだったよ。毎日毎日天(てん)井(じょう)で暴(あば)れるわ、柱はかじるわ、オシッコするわ、ワシの頭もお前にかじられたあとがあるよ。だからお前さんは、罪の償(つぐな)いに毎日毎日お参りしてきたんだよ、ご苦労さん。今日来たばあさんや、あんたは前世は牛だったんだよ。このお寺ができる時、大黒柱を運んだのがあんたで、その時つまずいて、それが元で死んだのさ。だからお寺に来る気にはなれなかったのさ。ワシはいつもあんたを気の毒に思っていたから、今日はその気持ちのご褒美だよ。別にえこひいきではないんだよ。これも前世の因縁だよ、わかったかね」との言葉で二人のおばあさんは納得して、それから二人とも今まで以上に真面目に信心に励んだそうです。
 現在の結果や姿だけを見ていると、ついつい「疑いの心」が起こることがあります。「私はあの人より信心に励んでいるのに、お題目も唱えているのに、お寺にも一生懸命参詣しているのに、どうしてあの人には良い事があっても、自分には大変なことばかり起こるのか」と思うことがあるかもしれません。しかし、今日までの、また過去からの見えない因縁、善悪の積み重ねを考え、決して御本尊さまに「疑いの心」を持つことなく素直に精進して、未来を良い方向へと切り開いていきましょう。
 次に「藤のこぶ」の話をします。むかし、九州のある村に一人の住職が住んでいました。その村の人々はその住職をとても信頼し、何事も相談して指導を受けていました。
 ある日、子供が病気で苦しんでいる母親が来ました。住職は「藤のこぶを煎(せん)じて飲ませなさい」とだけ言いました。母親は言われた通り、藤の木にできた木のこぶを切り取って煎じて飲ませたところ、不思議にも子供の病気は治ってしまいました。
 今度は、おばあさんが風邪を引きました。すると住職はまた「藤のこぶを煎じて飲みなさい」と言いました。そうすると、おばあさんの風邪も治ってしまいました。それから村人は「藤のこぶ」を大切にするようになり、体の具合が悪くなると「藤のこぶ」を煎じて飲むようになりました。
 ある日、ケンカをして顔を二度と見たくないほど嫌いになった二人の兄弟が、住職の所へ相談に来ました。兄は「弟は朝(あさ)寝(ね)坊(ぼう)で、仕事もなまけがちです。少し注意をするとすぐにむくれます。こんな弟の面倒は見ていられません」と言いました。弟は「兄さんはいつも威(い)張(ば)るんです。自分が悪いときも僕のせいにします。もう兄さんにはついていけません」と不満を言いました。住職は困った顔をして、それでも「藤のこぶを煎じて、二人で飲みなさい」と答えました。
 その日には農家のおじさんも訪ねて来て、「住職さん、実は昨日飼っていた馬がいなくなりました。どこを探したらいいでしょうか」と相談しました。住職はいつもと同じように「藤のこぶを煎じて飲みなさい」とだけ答えました。兄弟喧嘩(げんか)をしている二人は、どうして「藤のこぶ」を飲むと仲良くなれるのか不思議に思いました。農家のおじさんも、馬を探すのにどうして自分が「藤のこぶ」を飲むのだろうと疑いました。それでも三人は住職の言う通り、素直に「藤のこぶ」を探しに行きました。
 しかし、村の中には「藤のこぶ」はもうありません。それは村人がすべて取っていたからです。そこで、兄弟と農家のおじさんは、山の中に入り「藤のこぶ」を探しました。仲の悪かった兄弟は「藤のこぶ」を探しているうちに、「有ったか」「いや、無い」と言葉を交わすようになりました。そして、急な山道ではお互いに手を取り合って、協力し合いました。そしてだんだんと子供の頃のように仲良くなり、笑い合えるようになりました。そして「藤のこぶ」が見つかった時には、二人は元のように仲良くなっていました。一方、農家のおじさんは別の山の中を「藤のこぶ」を求めて探し回りました。すると山の中で休んでいた、自分の馬を見つけることができたのです。
 皆さんは、病気が治るように、喧嘩をした人が仲良くなるように、いなくなった馬を探す出すために、「藤のこぶ」を飲めば解決すると言われて信じられますか。
 この話は、ただただ疑うことなく素直に信じる心、信じる行動が、いかに大切なことであるかという譬え話です。皆さんは、何か願い事があったとき、困ったとき、悩んでいるときこそ、「御本尊さまに真剣に一生懸命『お題目』を唱えなさい」と言われたことはありませんか。大聖人様は、「我(われ)並びに我が弟子、諸難ありとも疑ふ心なくば、自然(じねん)に仏界にいたるべし。天の加護なき事を疑はざれ。現世の安(あん)穏(のん)ならざる事をなげかざれ」というお言葉があります。私たちは今、宗祖日蓮大聖人さまの正しく尊い教えを信じて、毎日の勤行・唱題や、総本山への御登山やお寺に参詣していると思います。そして、大聖人さまが顕された御本尊さまは皆さんが想像できないほど、本当に素晴らしいお力を私たちに与えて下さいます。皆さんはどうかこのことを素直に信じて、時には大変なこともあるかもしれませんが、何事もお題目を唱えながら困難を乗り越え楽しい毎日を送れるよう、一生懸命頑張ってください。