豚と虎の智恵くらべ(令和6年2月)

豚と虎の智恵くらべ(ぶたととらのちえくらべ)

            令和6年2月 若葉会御講

 むかし、インドに五百匹の豚を率いる、大きな体格の豚の大将がいました。ある日のことです。五百匹の豚を連れて山道を歩いていると、道の向こうから一匹の大きな虎がこちらに向かって歩いてきました。その道はせまいので、どちらかがよけないと通れません。豚は内心困りました。あの虎と戦っても勝ち目はないし、かといって逃げ出したら、大将として他の豚たちにしめしがつかない。それに皆から弱虫といわれ、誰もついてこないだろう。豚はいろいろ考えた末、勇気を持って虎に挑むことにしました。
 豚は虎に向かって、「虎君、すまないが僕たちはいま行進中だ。道をあけてくれたまえ」と、おそろしいのをガマンして大きな声で堂々と言いました。虎は豚たちがこそこそ逃げると思っていたので意外に思い、「おい豚、お前はこの俺様とけんかをするつもりか」と、どなりつけました。しかし豚も負けてはいません。「君がそれを望むなら、受けて立とう。戦いの前に先祖伝来の鎧で身を固めるから、しばらく待ってくれたまえ」と言いました。
 豚の大将は、一つの考えをめぐらして、ゆっくり豚たちの便所に行って、糞の中に身をころがして、身体中に糞を塗りつけました。そして、ゆっくりと虎の前に行くと、「いや待たせたね虎君、戦う前につける先祖伝来の鎧もつけた。さあ決闘だ、かかってきなさい」と言いました。虎は鼻をつまみあとずさりしました。虎はとってもきれい好きな上、プライドが高いので、こんな汚い豚に爪がふれるのも嫌でした。「なんてことをするのだ、この豚め。もうお前とは戦う気がなくなった。道を開けてやるから早く立ち去れ」と言いました。
 豚は内心ほっとしました。「そうかい、それじゃ通してもらうよ。君が戦いをさけるなんて、案外弱虫なんだね」と皆の手前、強がりを言いました。虎は「お前は戦う価値も無い下等で、くさいやつだ。俺はお前と戦うのをおそれているわけではないぞ」と言い、道をゆずり豚たちを通しました。
 これは、虎は力では豚に負けることはありませんが、汚い豚とかかわりたくないという自尊心を一番大事にして、豚との勝負に自ら負けたのです。いっぽう豚は、その虎の誇り高い自尊心を利用し、なりふり構わず、糞まみれになりながら、五百匹の豚の命を守ったのです。戦いにおいては、自分の力を示すことだけではなく、何を一番の目的にするかということが大切です。豚は自分が大将だという責任から、五百匹の豚の命を救うことを戦いの目的とし、力ではなく智恵をもって大きな障害を乗りこえました。
 次も、インドのむかし話です。
 むかし、あらゆる武術に通じた一人の師匠がいました。その師匠には一人の美しい娘がいました。彼には二人の弟子がいて、その二人のどちらかを娘の婿にしようと考えていました。弟子の一人は五つの武芸に通じていました。もう一人は矢を射る技術だけは誰にも負けないほど上手でした。
 師匠は五芸に通じる若者に免許皆伝を授け、娘の婿とし、自分の後を継がせることにしました。もう一人の若者はがっかりして、婿になった若者をうらみ、次の朝、だまって師匠の家を出て行きました。その若者はある山にこもり、そこでとうとう山賊の親分になりました。そんなこととは知らない二人は、旅の途中その山賊の親分のいる山まできました。そこには多くの旅人が、困った様子で道端で休んでいました。婿は「どうしましたか」と尋ねました。旅の商人は「この山には強い山賊がいると聞いているので、これから先はこわくて進めないでいるのです」と言いました。
 腕に自信のあった婿は「それなら大丈夫です。私が退治してあげますから、心配しないで私についてきて下さい」と言いました。旅人達は安心してその婿について行きました。しばらく行くと山賊が一人で出てきましたが、その婿は、一瞬のうちに山賊を倒してしまいました。今度は十人が束になって婿にかかってきました。しかしこの山賊達も簡単にやっつけてしまいました。次に二十人が周りをかこみ婿にかかってきました。それもたった一人でやっつけました。
 そこで、ついに親分が出てきました。二人は顔を見合わせてびっくりしました。その山賊の親分は昔の兄弟弟子だったのです。親分は婿になった若者をうらんでいましたので、これさいわいと得意の矢を放ちました。その矢は威力があり、的をしぼって若者を狙ってきました。婿は必死の思いで矢を払います。二本目、三本目と矢は射られ、とうとう最後の五十本目です。さすがの婿も疲れ切って、もう矢を払う自信がありませんでした。それを見ていた妻は、夫の前に立って、突然おどり始めました。そのおどりはとても優雅ですばらしいものだったので、親分はつい見とれて、最後の矢を大きくはずしてしまいました。そのすきを見て婿はその山賊の親分を討ちはたすことができました。親分の得意の射術の前には、さすがの婿もダメかと思われましたが、間一髪、妻のおどりに救われたのでした。
 親分は最後に「俺の弓の腕前が鈍ったわけではない、ただ舞の手振りに心ひかれて私は命を落とすことになってしまった。私は賢い女の知恵に負けたのだ」と言いのこし、どっと倒れてしまいました。
 この話はどんなにたいへんな状況であっても、信じ合う者どうしが、心を一つにして勇気をもってことにあたれば、必ず乗り切っていくことができるということです。「勝つ事が正義だ」とか、「目的のためには手段を選ばない」と言って、勝つ事だけに執われて、悪いことでも平気で行う人達がいますが、皆さんは、たとえどんな困難にぶつかっても、豚が皆を守り、妻が夫を助けたように、真心と知恵と勇気で、心を一つにしてどんな障害も乗りこえていってください。
 そして、その真心と知恵と勇気の力は、御本尊さまにお題目を真剣に唱えることによって得ることができることを忘れないで下さい。つまり、自分が何か悩んだり困ったりした時、何かを決めなければならない時、それを解決したり正しい選択をするには、御本尊さまから頂く御仏智によって、必ず正しい結果をもたらして頂けます。また、私たちがいつの時も御本尊さまにお願いごとをしたり、頼ることができ、正しい道を歩むことができることが、私たちの人生にとって一番幸福なことであることを感じて、これからも頑張って下さい。