国司に生まれ変わった猿 (令和2年6月)

今日は、今昔物語(こんじゃくものがたり)にある話で、法華経の読経を聞き、法華経の書写(書き写すこと)を志した猿が、国司(現在の都知事のような役人)に生まれ変わった話です。

 

むかし、今の新潟県のあるところに、乙寺(きのとじ)というお寺がありました。
そこで一生懸命法華経の修行をしている、1人の僧侶がおりました。

この僧侶は朝から晩まで法華経を読誦(どくじゅ)(唱えること)していました。

ある日、2匹の猿がやってきて、じっとお経の声を聞いていました。
次の日もまた次の日も、2匹の猿は僧侶の唱える法華経を最初から最後まで、何時間もじっと聞いていました。

 

ある日のこと、僧侶は本堂の片すみに座っている猿たちに話しかけてみました。

「あなたたちは、もう2ヶ月もの間、わたしの唱える法華経を聞きに来ているが、何か訳があるのかい?君たちも一緒に法華経を唱えたいのかい?」と尋ねると、2匹の猿は首を横にふります。

「では、この法華経を写経したいのかい?」と尋ねると、今度は元気よく首を縦にふり、飛び跳ねました。

僧侶は、「そうか、わかった。猿の身でありながら、たいしたものだ。しかし、君たちは字が書けないだろうから、私が君たちのために法華経を書写しましょう」と、2匹の猿に言いました。

すると2匹の猿はよほど嬉しかったのでしょう。地面に伏して、僧侶に手を合わせました。

 

次の日の朝、数十匹の猿たちがたくさんの木の皮をはこんできました。
木の皮は紙を作る材料であり、僧侶はさっそく木の皮で紙を作り、法華経の写経を始めました。

2匹の猿は毎日、山芋や果物などの食べ物を僧侶に届けはじめ、写経をしている僧侶をうれしそうに見つめていました。

 

 

ところがある時から、2匹の猿は姿を見せなくなりました。僧侶は心配になり、猿を探しに山の中へ入って行きました。

すると、山芋がたくさん積んであるのが見え行ってみると、山芋を掘った穴に2匹の猿は落ちてしまい亡くなっていました。

僧侶は仏道を志す猿たちが、どうしてこんな目にあうのかと、泣きくずれてしまいました。そして、2匹の猿を手厚く埋葬し、法華経を唱えて回向(えこう)しました。

写経した法華経は8巻のうち、5巻までできていました。

しかし、僧侶はあまりの悲しさにもう続ける気力が無くなってしまいました。そして、僧侶はそれを壺に入れ、本堂のわきに埋めることにしました。

 

それから40年の月日がたちました。そのころ、この国に新しい国司が赴任してきました。
国司は国に着くとすぐに妻と一緒に乙寺(きのとじ)にやってきました。

そして「このお寺に、まだ完成していない法華経を写経したものがあるはずですが、是非拝見させて下さい」と、お寺の僧侶に尋ねました。

しかし、どの僧侶も知りませんし、探しても見つかりませんでした。

そして、「そうだ、先代の御老僧だったらご存知かもしれない」と思い、御老僧に尋ねました。

すると御老僧は、
「そう、40年ほど前のことだったかな。法華経を信仰する不思議な2匹の猿にたのまれてなぁ、法華経を5巻まで写経したことがある。

ところが、2匹の猿はわしのために山芋を掘っていて、あやまってその穴に落ちて亡くなってしまったのじゃ。

わしは、その姿を見て、すっかり気力がなくなって写経を途中でやめてしまい、壺に入れて本堂の脇に埋めてしまったのじゃよ」

と言い、僧侶たちはさっそく御老僧の言う場所を掘り返してみると、たしかに写経した法華経が出てきました。

 

国司夫妻は、それをみとどけると涙を流し、御老僧に手を合わせて言いました。
「上人(しょうにん)さま、実は私どもはあの時の2匹の猿でございます。上人さまが毎日読経される法華経を聞いているうちに、ありがたいなぁという信仰の心がわきあがり、なんとか尊い法華経を写経したいと思うようになりました。

そうしたら上人さまが私たちに代わって書写して下さいました。私どもが人間に生まれ変われたのも、上人さまの写経のおかげです。

このたび、この国の国司となったのは、残りの写経を終わらせるためでございます。上人さま、どうか残りの写経を完成させて下さい。お願いします」

と、国司夫妻は合掌して涙を流しながらお願いしました。

その姿は、あの時の2匹の猿が写経をお願いした姿とまったく同じ姿に見えました。

御老僧は感激し、
「国司さま、どうぞ御手を下げて下さい。私は40年間、猿の身でありながらも、あのように仏道を志す姿を忘れたことはありません。

私の写経の功徳というより、法華経を聞いた聞法の功徳によって人間に生まれ、しかも国司という人々を統治される立場となられたのです。残りの写経は喜んでさせて頂きます」

と、御老僧は感謝と歓喜の心をもって、残りの写経に取りかかり、『法華経八巻二十八品』の写経を完成させました。

御老僧は100歳まで生き長らえ、亡くなるまで法華経の読誦と書写を続けました。

一方、国司夫妻は以前にも増して熱心な信仰者となり、人びとの繁栄のために尽力され、争いごとや疫病といった災いのない平和で安穏な国を築き上げました。

 

 

仏教の教えには五種の妙行といって、①受持②読③誦④解説⑤書写、という5つの修行が説かれています。

ですから、写経は⑤書写に当たりますが、日蓮大聖人さまは、今の末法という時代は、①受持に②~⑤の全てが含まれていると言われ、受持とは勤行・唱題を根本に、折伏をするなど、日蓮正宗の信仰を受持することに全てが含まれています。

そして、2匹の猿は自分自身で仏道修行をできることはできませんでしたが、1日中僧侶のそばに座って法華経を聞きました。

その僧侶の読経の声は、猿の耳や毛穴から入って、自然と幸福の源(みなもと)となる功徳善根となり、猿が願った写経を僧侶が代わりに行い、その僧侶に山芋や果物などの食べ物を御供養することにより、更に功徳を積ませて頂くことができ、猿としての寿命を終え、未来世に人として生を受け、乙寺のある国の国司となり、再び御老僧に出会えることができ、願いであった写経を完成させて頂くことができたのでした。

 

もし皆さんのなかで、犬や猫、鳥などのペットと一緒に住んでいる子がいたら、そのペットたちに、勤行や唱題の声を聞かせてあげ、未来世には人として生まれ、自分の近くに生まれ変わり、再び出会えることができるようにしましょうね。