跋迦梨(令和6年8月)

跋 迦 梨(ばつかり)

                      令和6年8月 若葉会御講

 今日は、お釈(しや)迦(か)さまの弟子の跋迦梨という人の前世(この世に生まれる前の人世)の話をします。
 ある時お釈迦さまが、多くの弟子達を連れて川岸を歩いていました。ふと目をやると川の向こう側の高い崖(がけ)の頂(いただき)に、一人の弟子が坐(ざ)禅(ぜん)を組み瞑(めい)想(そう)にふけっていました。それを見てお釈迦様は、「跋迦梨よ、その断(だん)崖(がい)から飛び降りて川を渡り、こちらまできてごらん」と大きな声で言いました。跋迦梨はその声を聞いて、「はい!お師(し)匠(しよう)さま」と言って、なんのためらいもなく高い崖の上から、真下の川へ向かって身を投げました。お釈迦さまのお供の僧侶たちは跋迦梨が死んでしまうのではないかとびっくりして見ていたところ、跋迦梨は無事泳いでこちらの岸までたどりつき、お釈迦さまに深々と挨拶をしました。あんな高い所から身を投げたにもかかわらず、骨も折れていませんし体にもかすりきず一つないのです。
 智(ち)慧(え)第一と言われる舎(しや)利(り)弗(ほつ)はお釈迦さまに、「お師匠さま、跋迦梨はあんな高いところから飛び降りたのにケガ一つしていません。これは一体どういうわけでしょうか」と聞きました。するとお釈迦様は、「跋迦梨は仏である私の言葉を信じて少しの疑いもなく、ためらいもなく、すぐ言われた通りに実行しました。その瞬間に跋迦梨は神(じん)通(つう)力(りき)と、悟りの境(きよう)地(ち)を身につけることができました。だからケガもなく守られたのですよ。又そのことは跋迦梨が前世で誓った願いの結果なのです」と言って、跋迦梨の前世でのことを話し始めました。
 『昔、インドのある国に楽法(ぎようぼう)という名前の王子がいました。ある時楽法は、王子の位を捨てて、仏さまの教えを求めて一人で諸国をめぐる旅に出ました。そしてある日断崖の険しい所にきた時、崖の上から一人の男が「もしもし、そちらの高貴なお方、どちらまで行かれるのですか」と楽法に声をかけました。楽法は「はい、私は仏さまの教えを求めて旅をしております」と言い、男は「私が教えてあげましょうか。聞きたかったら崖の上まで登ってきてください」と大きな声で言いました。楽法は喜びいさんで崖の上まで登っていきました。男は、楽法が立派な服を着て高価な装(そう)飾(しよく)品(ひん)をつけているのを見て、それが欲しくなりました。男は「私は今から仏さまの教えを、あなたに話します。あなたは私に何をしてくださいますか」と言いました。楽法は「はい、私はいま旅の途中なので、あまり持ち合わせがありませんが、いったい何をさし上げたらよろしいでしょうか」と答えました。男は「あなたのその服と身につけている金、銀、宝石の首飾り、腕飾りをいただきたい。そして一つ条件があります。それは、私の話を聞き終わったら、その崖より飛び降りてほしいのです」と言いました。
 楽法はびっくりして「服と飾り物は差し上げます。しかし、どうして私がこの崖から飛びおりなければいけないのですか。そんなことをすれば死んでしまいます。死んだらせっかく聞いた仏さまの法も弘められません」と言いました。しかし男は「いやいや、疑っているわけではないけど私の話を聞き終わったあとで、服や装飾品を取り返しにこないともかぎらないからね。用心のためですよ。いやならいいですよ」と言いました。楽法は「わかりました、あなたの言われるとおりにしますので、どうか仏さまの教えを聞かせてください」とお願いしました。
 男は仏さまの教えをくわしく伝えると、楽法は歓喜して身につけているすべてのものを男に与え、崖の上に立ち天を仰いで祈りました。「諸天の神々よ、私は今、仏法を聞きました。できることなら人々に仏法を弘め、人々を救っていきたいのです。どうか御加護をお願いします」と意を決して、断崖から飛びおりました。
 するとどうでしょう。突然、四天王(持(じ)国(こく)天(てん)・増(ぞう)長(じよう)天(てん)・広(こう)目(もく)天(てん)・毘(び)沙(しや)門(もん)天(てん))が現れ、落ちてくる楽法を空中でささえ、無事地上におろしたのでした。そのありさまを崖の上から見ていた男はびっくりして、「ああ、あのお方は諸天が守られる立派なお方だ、自分はなんてことをしたのだろう」と言って、すぐさま崖をおり、走り寄って楽法に、「申しわけないことをしました。この衣服と装飾品はお返しします。どうぞ私を許してください」と涙を流してお詫びしました。楽法は「いいえ、私にはもうそんなものは必要ありません。尊い仏さまの法を聞くことができたのですから。これよりは仏法を修行し、人々の救済に勤めます。こちらこそありがとうございました」と言いました。男は思わず合掌し、「あなたが仏になられたら、どうか私もお救いください。お導きください」とお願いしたのでした』。
 お釈迦さまは話しおわって、舎利弗に言いました。「楽法とは、実は私の前世の姿です。そして、仏の教えを聞かせてくれた男とはこの跋迦梨のことです。跋迦梨はそれ以来反省し私に帰依して救いを求め、今では少しも私を疑うことがないので、崖から何のためらいもなく身を投げ、すぐさま神通力と悟りの境地を身につけることができたのです」と、その因縁を話しました。
 それを聞いた舎利弗をはじめ多くの弟子達は、今さらながら仏さまを信じて疑わないことの大切さを教えられたのです。智慧第一といわれた舎利弗も、このように、自分の智慧だけではなく、仏さまを信じることによって初めて成仏することができたのです。
 何かを「信じる」ということは、どうしても自分が理解できることを納得して信じるものだと考えるでしょうが、まず御本尊様とそのお力を信じて疑わないことが、私たちの信心にとって本当に大切なことです。今日の話の、断崖から身を投げた楽法が仏さまの言われた事を少しも疑わなかったように、この信心を一生涯貫いていくことが、御本尊様からの不思議なお力を頂くことができるようになる、とても大事なこととなります。
 そして、毎日の勤行や唱題、自分自身がやるべきこと、努力するべきことをしっかりと行いつつ、たとえどんなことがあっても、自分の浅はかな考えで御本尊様を疑ったりすることがないように、いざという時に今日の話に出てきた四天王をはじめ、御本尊様に認められている諸天善神が、いつも皆さんのことを見守り必ず助けてくれると信じ、更に皆さんの頑張っている努力が、必要な時に2倍3倍にも発揮できるように、御本尊様に認められるような信心に励んでいくことを、これからも続けて下さい。