御報恩御講(令和5年2月)

 令和五年二月度 御報恩御講

 『持妙法華問答抄』       弘長三年   四十二歳

 只(ただ) 須く(すべから )汝(なんじ)仏(ほとけ)にならんと思(おも)はゞ、慢(まん)のはたほこ(幢)をたをし、忿(いか)りの杖(つえ)をすてゝ偏に(ひとえ)一乗(いちじょう)に帰(き)すべし。名聞(みょうもん)名利(みょうり)は今生の(こんじょう)かざり、我(が)慢(まん)偏執(へんしゅう)は後生(ごしょう)のほだし(紲)なり。嗚呼(ああ)、恥(は)づべし恥(は)づべし、恐(おそ)るべし恐(おそ)るべし。(御書二九六㌻一行目~三行目)

【通釈】あなたが仏になろうと思うならば、慢心のはたほこを倒し、忿りの杖を捨ててひとえに一仏乗(法華経)に帰依すべきである。名聞名利は今生のみの飾りであり、我慢や偏執は後生の手かせ足かせでしかない。ああ恥ずべきであり、恐るべきである。

【拝読のポイント】
〇ただ信心肝要なり
 大聖人は、本抄別段に譬えとして「高い崖(岸)を登ることができないでいる時、崖の上にいる人が縄を下ろし、『これにつかまれば引き上げよう』と言った。ところが引く人の力や縄の強度を危惧して握らなければ、どうして崖の上に登ることができようか。その言葉に従って縄をつかめば登ることができるというのに」(御書二九六趣意)と述べられています。すなわち、仏の力を疑い、法華経を危ぶみ妙法を唱えなければ、仏の力が及ばず成仏は叶わないと仰せられているのです。本抄に「唯信心肝要なり」(同二九六)と仰せのごとく、御本尊を固く信じ、自行化他の信心に精進していくことが大切です。
 私達は、「我も唱へ、他をも勧めんのみこそ、今生人界の思出なるべき」(同三〇〇)との御金言のままに、相手が誰人であっても臆することなく、この正法を勧め持たせ、今生を悔いなく歩んでまいりましょう。
〇名聞名利・我慢偏執を離れ、妙法受持こそ成仏への直道
 拝読の御文に「名聞名利は今生のかざり、我慢偏執は後生のほだしなり」と仰せです。大聖人は、名声や名誉などは、今生のみの飾りであると断言されています。また「我慢」とは、一般的な「耐え忍ぶ」という意味とは異なり、自分が勝れていると思い込んで他者を軽んずることです。このような考えに固執すると、人から意見されることを嫌い、注意を受けても素直に聞かず、反発する気持ちが強くなります。かの創価学会の大謗法について、総本山第六十七世日顕上人は「慢心からすべてを見ますので、物事がすべて天地転倒して見えるのです。だから言っていることも何もかも本末転倒であります」(大日蓮・平成四年一月号)と、ひとえに慢心に起因することを指摘されています。
 大聖人が『法華初心成仏抄』に「仏になる道には我慢偏執の心なく、南無妙法蓮華経と唱へ奉るべき者なり」(御書一三二一)と仰せのように、成仏への道は名聞名利や我慢偏執の心を捨てて、ひたすら自行化他の南無妙法蓮華経を唱える以外にありません。コロナ禍をはじめとする様々な社会問題が山積している今だからこそ、真剣に唱題を重ね、折伏に勤しむという、確実な実践行動が大切なのです。
○日如上人御指南
 今こそ私どもは、一人ひとりの幸せはもとより、すべての人々の幸せと真の世界平和実現を目指し、たとえいかなる障害や困難が惹起しようとも、講中一結・異体同心して唱題に励み、その功徳と歓喜をもって全力を傾注して折伏を実践し、もって今日の混沌とした窮状を救済し、真の仏国土実現を目指していかなければならないと思います。(大日蓮・令和四年十二月号)
□まとめ
 今月は宗祖日蓮大聖人御聖誕の月です。コロナ禍の影響で延期されていた宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年の慶祝行事として、来月四日に慶祝記念総会が挙行され、この日から十二月十九日までの期間、慶祝記念総登山が実施されます。
 この総登山の目的は、御聖誕八百年を寿ぎ奉り、日々の信行の成果を大御本尊に報告申し上げ、さらなる精進をお誓いするところにあります。大佳節の意義深い行事に、声をかけ合い挙って参加いたしましょう。大聖人の御意は一切衆生の救済にあるのですから、真の慶祝、真の御報恩は正法弘通にありと銘記し、登山参詣の功徳をもって折伏を大前進させ、年間方針に適った「折伏躍動の年」としてまいりましょう。

□住職より

 本年、総本山大石寺にて宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年慶祝記念総登山が行われ、妙眞寺にては昭和8年12月8日に妙眞寺の前身たる信行閣として開堂して以来、創立九十周年・法華講結成七十五周年の節目を迎えました。

 この時を鑑み、当妙眞寺が正信会僧侶による不法占拠から日蓮正宗に復帰し、不肖、私が住職として赴任させて頂いた平成22年7月21日より今日に至るまで、間もなく13年の歳月が経過いたしますが、平成元年3月28日、私が御先師日顕上人を師匠として出家得度して、33年の歳月が経過した本年、今更ながらとある事に気づきましたので少々申し上げます。

 さかのぼること46年前の昭和52年4月8日、あと5日で33歳の誕生日を迎える父、平山憲廣(憲廣房日明大徳)が32歳にて逝去いたしました。それから33年後の平成22年、丁度33歳となった私が御法主日如上人猊下の御慈命を受け、妙眞寺住職として赴任いたすことになり、その年は奇しくも妙眞寺初代住職・一如阿闍梨廣生房日弘大徳(平山廣生)の第33回忌の年でありました。この〝33〟という数字が何を意味するのかは、凡眼凡智にては決して計り知ることはできませんが、少なくとも32歳で亡くなった父が、忝くも総本山第六十六世日達上人の大導師により妙眞寺より霊山へと旅立ち、その33年後に妙眞寺が正信会より宗門に返還され、33歳となった私がこの妙眞寺に赴任することになったことは、時の然らしむるものとはいえ、誠に不可思議な因縁による時の巡り合わせに、ただただ驚嘆するばかりであります。

 然るに、大聖人様は『撰時抄』に、「夫(それ)仏法を学せん法は必ず先(ま)づ時をならうべし。(中略)彼の時鳥(ほととぎす)は春ををくり、鶏鳥(にわとり)は暁をまつ。畜生すらなをかくのごとし。何(いか)に況(いわ)んや、仏法を修行せんに時を糾(ただ)さざるべしや」と仰せのように、この〝時〟の意味するところ、その大事をよくよく観じることがいかに肝心なことであるかを拝し、またその因縁宿習をも拝することも大事大切なことであります。そうした時の流れのなか、宿世の因縁という言葉がありますように、私たちは日頃から過去世よりの因果の法則に従って現当二世に亘る果報を受けるのであり、その因縁宿習を決して軽々しく考えてはならないのであります。

 総本山第五十七世日正上人は、「何事も おのが因果の報いぞと 思う心が仏なりけり」とお詠みになられています。要するに、善きにしろ悪しきにしろ、何事も自らの因縁によって然るべき果報を招き受けるということであり、喜びも悲しみも苦しみも楽しみも、私たちの因縁宿習によるものと達観し、お題目を唱えつつ、より高い境界から事々物々を鑑みて頂くことが至極肝要であります。ややもすれば、私たちはあくまでも末代の凡夫でありますから、いかに日蓮正宗の僧俗とはいえ、三毒煩悩によりその身を汚せば、三悪道四悪趣の境界に堕し、六道輪廻の命を徘徊、彷徨うようなこととなってしまいます。

 そして、常精進の志高く、浄心信敬して師子勇猛なる信行の実践に励むことが大事であり、その為には仏教の根本的指針が包含される『七仏通誡偈』の「諸悪莫作 衆善奉行 自浄其意 是諸仏教」の偈文をよくよく心に刻み、「木を見て森を見ず」といった、境界低くして視野の狭い境涯に陥ることがないよう、常に境界高く幅広い視野を広げつつ、物事の因縁と道理を達観することがいかに大事な心掛けであるかを考えた時、弛まざる唱題行の実践と不惜身命の精神を以て日々精進することが重要であります。そして、日顕上人が「題目の深さ広さを知りゆけば 次第にぞ増す自他の行業」とお詠みになられているように、より深く、より広くお題目の尊さと深意を拝して頂きたいと存じます。

 されば今、この時を鑑み、私たちは「努力・忍耐・継続」の三つを固く持ち心得て、自らの仏性を開かしめて尊い慈悲の境界に立ち、憂国の志士仁人となり、特に折伏については口ばかり言葉ばかりではなく、身口意三業の全て、全身全霊をもって広布大願に向かって、自ずと折伏の機会を自らに呼び込み、ありとあらゆる仏縁深き人々に縁して教化成就し、大聖人様の御恩徳に報いることができるよう、いよいよの御精進を心より念願いたします。