御報恩御講(令和4年6月)
令和四年六月度 御報恩御講
『祈禱抄』(きとうしょう)
文永九年 五十一歳
大(だい)地(ち)はさゝばはづるゝとも、虚(こ)空(くう)をつなぐ者(もの)はありとも、潮(しお)のみ(満)ちひ(干)ぬ事(こと)はありとも、日(ひ)は西(にし)より出(い)づるとも、法華経(ほけきょう)の行者(ぎょうじゃ)の祈(いの)りのかな(叶)はぬ事(こと)はあるべからず。法華経(ほけきょう)の行者(ぎょうじゃ)を諸の(もろもろ)菩(ぼ)薩(さつ)・人(にん)天(でん)・八(はち)部(ぶ)等(とう)、二聖(にしょう)・二(に)天(てん)・十羅刹(じゅうらせつ)等(とう)、千(せん)に一(いち)も来(き)たりてまぼ(守)り給(たま)はぬ事(こと)侍(はべ)らば、上(かみ)は釈(しゃ)迦(か)諸仏(しょぶつ)をあなづり奉り(たてまつ)、下(しも)は九(く)界(かい)をたぼらかす失(とが)あり。行者(ぎょうじゃ)は必ず(かなら)不(ふ)実(じつ)なりとも智(ち)慧(え)はをろかなりとも身(み)は不浄(ふじょう)なりとも戒(かい)徳(とく)は備(そな)へずとも南無妙法蓮華経と申(もう)さば必ず(かなら)守(しゅ)護(ご)し給(たま)ふべし。
(御書六三〇㌻七行目~一一行目)
【通釈】たとえ大地を指して外れても、虚空を繋ぐ者があっても、潮の満ち引きがなくなっても、太陽が西から出ても、法華経の行者の祈りが叶わないことはないのである。法華経の行者を、諸々の菩薩・人天・八部衆等、二聖・二天・十羅刹女等が、千に一つも来たって守護しないことがあれば、上は釈尊や諸仏を侮り、下は九界の衆生を誑かす失となる。行者は誠実でなくとも、智慧はなく愚かであろうとも、身は不浄であろうとも、戒徳は備えなくとも、南無妙法蓮華経と唱えれば必ず守護されるのである。
【拝読のポイント】
〇謗法の祈りと法華経の行者の祈りの違い
大聖人御在世当時、朝廷や幕府が念仏・真言等の諸宗に蒙古調伏や疫病退散などの祈祷を行わせましたが、まったく験(しるし)が現れませんでした。その理由を、大聖人は本抄に「此等の法は皆未顕真実の権教、不成仏の法、無間地獄の業なり。彼の行人又謗法の者なり。争でか御祈禱叶ふベきや」(御書六三四)と仰せられ、未顕真実・不成仏の権教に基づいて祈る者は謗法者であり、その祈りが叶うことはない、と強く言い切られています。
一方、拝読の御文に「法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず」とあるように、大地を指して外れる、大空をつないで結びつける、潮の干満がなくなる、太陽が西から出るなど、実際にはありえないことが起きたとしても、法華経の行者の祈りが叶わないことはないと仰せられ、法華経による祈りは絶対に叶うことを強調されています。
〇祈りの成就は実践行動があってこそ
何事も、まず自分が実践する。そこに大きな意義があり、それに伴う結果があります。特に折伏は、自分ひとりの行動からすべてが始まるのです。大聖人は「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へつたふるなり。未来も又しかるべし」(諸法実相抄・御書六六六)と仰せられ、まずご自身が広布に向けて先駆け、死身弘法の折伏の範を示されました。私達も、二陣、三陣と続いて折伏の戦いに挑むべきです。
御法主日如上人猊下は「祈りを成就するためには、行動が伴うことを忘れてはなりません(中略)実践行動をとおして初めて、私達は仏智をいただくことができるのであります」(大日蓮・平成十九年二月号)と指南されています。現在、世界中で、どれほど多くの人が苦しんでいることでしょうか。その人々を、妙法によって救えることを知りながら、私達が何も行動を起こさなければ、それはまさに無慈悲の極みです。大聖人の弟子・信徒としての自覚を持ち、折伏の行動を起こしてまいりましょう。
○日如上人御指南
折伏を忘れた信心は、大聖人様の御正意にかなう信心とは言えません(中略)謗法の害毒によって苦悩に喘ぐ多くの人々に謗法の恐ろしさを教え、正しい大聖人様の仏法によらなければ真の幸せを築くことができないことを、一人でも多くの人に伝えていかなければならない大事な使命があることを忘れてはなりません。(大日蓮・令和四年五月号)
□まとめ
来月は『立正安国論』奏呈の月であり、一カ月間の唱題行も行われます。いまだ終息しないコロナ禍や悲惨極まりない戦争、日本各地で地震等の災害が続いています。大聖人の「但偏に思ひ切るべし。今年の世間を鏡とせよ」(弥三郎殿御返事・御書一一六五)とのお言葉通り、稀に見る世情不安を鑑み、今こそ決心し、一人ひとりが更なる唱題に励み、不自惜身命の精神で、破邪顕正の折伏を実践してまいろうではありませんか。
□住職より
平安末期から鎌倉時代初期、保元の乱や平治の乱といった内乱や数々の疫病、元暦の大地震や地震に伴う大津波、大風、大火といった災害、養和の大飢饉といった三災七難の災禍、更に平氏の衰亡と日本史上初の武家政権として鎌倉幕府が成立するなど、末法の時代になり末法の御本仏宗祖日蓮大聖人様御聖誕7年前の1215年に亡くなり、正に令和の今日のような激動の時代を生きた、歌人・随筆家の鴨長明(かものちようめい)は、西暦1212年に著(しる)した『方丈記(ほうじようき)』に、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし」と記(しる)し、その意味を拝すると、「流れ過ぎていく河の流れは途絶えることがなく、それでいてもとの水ではない。よどみに浮かんでいる水の泡は、一方では消え一方ではできたりして、長い間とどまっている例はない。この世に生きている人と住む場所とは、またこのようである」と記しております。
その意とするところは、当時の世相に憂い、世の中の無常遷滅を示すものであり、その直後に常住不変なる法華経本門寿量品文底秘沈の大法として、大聖人様が三大秘法の御教えをお説き遊ばされた事の次第を拝するに当たり、今こそ大聖人様の正法正義を顕揚していかなければならないと深く拝するものであります。
御先師日顕上人は、
宗祖もと 忍びたまいつ 我らまた 忍びてゆかむ 末世弘法を
とお詠み遊ばされております。
私たちは今こそ、現今の時代情勢を鑑みつつ、如何なる障魔が恐おうとも、あらゆる障礙にその行く手を遮られようとも、努力忍耐を惜しまず、悪世末法における大法広布を深く祈り切り、勇猛果敢に折伏行を実践していくべきであり、そこにまた更なる私たちの幸福への道が開けてくるのであります。
その基本となるのが唱題行であり、深く呼吸を整え全身全霊を持ってお題目を唱えることにより、御本尊様からの御仏智を賜ることはもとより、自ずと歓喜を生じて安楽な状態になります。これは仏法としても、科学的にも証明されるところであり、歓喜、楽しみ、喜び無き唱題行は真の唱題行とは言えないと存じます。ただ漠然とお題目を唱えるのでは無く、真剣に広布を祈り、世間の平和安穏、正法広布を心に刻みお題目を唱えることのできる境涯になり、さらに歓喜と勇気を持って自行化他に亘るお題目をしっかりと一遍一遍唱えて行くことが肝要であります。
そして、私たち日蓮正宗の僧俗が今こそ不惜身命の決意改たに、世情に感化され一喜一憂すること無く、常に尊い御仏智を賜ることができるよう、この信心こそが物事のすべてを変える唯一無二の方途であることを確信し、人を不幸に陥れるべき、邪義邪宗蔓延(はびこ)る末法の今日、その害毒や三毒煩悩にその身心を犯され、苦悩に喘ぐ世の中の人びとを救うべく、いかなる悪鬼魔神の障礙が競い起ころうとも、決して怖じることなく、この世の中を浄化矯正するために自分自身の存在が今あることを感じつつ、御法主日如上人猊下の驥尾に付し、その御指南を肝に銘じて、今成すべき大事を成就し、更なる安楽な境涯を築いて頂きたいと心より念願いたします。