法 華 経 読 誦 の 僧 侶(令和4年4月)

法 華 経 読 誦 の 僧 侶(ほけきようどくじゅのそうりょ)

                      令和4年4月 若葉会御講        

 むかし、山々をめぐり諸国を歩いて仏道修行をしていた義叡(ぎえい)という修行僧(しゆぎようそう)がいました。ある時、義叡は奈良の大峰山(おおみねせん)という深い山の中で道に迷ってしまいました。10日間も山の中をさまよい、もうだめだと思いながら、それでもあきらめず最後まで仏さまに祈り、ついに1軒の立派な草庵(そうあん)を見つけました。本格的な作りで庭木もよく手入れされ、花壇にはたくさんの花がさいていました。
 義叡は、ほっとして草庵の中をのぞいてみると、20才くらいの若い僧侶が法華経を朗々(ろうろう)と読誦(どくじゆ)していました。義叡はそこで不思議な光景を見ました。法華経を読み終えた僧侶が、そのお経の巻物(まきもの)をお経机(きようづくえ)の上におくと、巻物が空中に浮き上がり、手もふれないのに、くるくると巻き戻り、ひもも結ばれ元のように経机の上に積まれていき、義叡は目をパチクリさせて見ていました。やがて、その僧侶が義叡に気がつくと、「あなたはどなたですか?こんな山中(さんちゆう)に今まで人が訪ねて来たことなんかなかったのに、いったいどこから来たのですか?」と尋(たず)ねました。すると義叡は、「私は義叡といって、諸国の山々をめぐって仏道修行に励んでいる者です。山中で道に迷い、この草庵の前に偶然(ぐうぜん)やってきました」と答えました。僧侶は、「そうですか、それはさぞお困りでしょう。どうぞお入り下さい」と言い、義叡は「ありがとうございます。助かりました」と言い、どっと疲れが出て、やっとの思いで家に入りました。
 しばらくすると、見るからに立派な3人の童子が食事を運んで来ました。義叡は何日も食べていませんでしたので、生きかえるような思いで食事を頂くと、一息ついて僧侶に、「御僧侶(ごそうりよ)はいつごろからここにお住まいなのですか?また、私以外の人が来たことはないとおっしゃいましたが、それではさきほどの3人の童子はどなたですか?」と僧侶に尋ねました。すると僧侶は、「私はむかし、比叡山(ひえいざん)で修行していましたが、80年ほど前からこの草庵で1日中法華経(ほけきよう)を読誦しています。さきほどの童子は法華経に説かれている『天界(てんかい)の童子(どうじ)たちが給仕(きゆうじ)するでしょう』の御文の通り、諸天の童子が私に対して給仕をしてくれているのです」と言いました。義叡はもう一つ、「ここに住んで80年と言われましたが、どう見ても20才位の青年にしか見えないのですが?」と僧侶に言いました。僧侶はにこやかに笑いながら、「御経文(おきようもん)に、『この法華経を聞けば病気も治って、若々しく、長生きします』とあります。私はこの法華経を読誦している功徳によって病気にもならず、このように若々しく生きていられるのです。けっして年をごまかしているのではありません」と答えました。
 法華経の文々句々(もんもんくく)を身をもって実証(じつしよう)している僧侶に出会えた義叡は、自分もここで法華経の修行をしたいと思いました。義叡は、「お願いがございます。私は全国津々浦々(つつうらうら)、道を求めてまいりました。どうぞ、私を弟子にしいて下さい。そして、ここで修行させて下さい」と僧侶にお願いしました。すると僧侶は、「私はあなたを嫌うわけではありませんが、あなたのような人間のにおいのする方は住めないのです。でも、今日は日も暮れますので泊まっていって下さい。しかし夜、どんなことがあっても、声を出したり動いたりしてはいけません。そして明日には必ず出て行って下さい」と言いました。
 義叡は何のことかよく理解できません。この僧侶も人間なのに、「自分は人間くさい」だとか、「声を出すな」とか、「動くな」とは、いったい何が起きるのだろうかと不思議に思っていました。そして義叡はとなりの部屋に行ってすみの方でじっとしていました。
 午後8時ごろのことです。なま暖かい風が吹き始めると、となりの部屋にぞくぞくと誰かが入ってくる音がしました。義叡はそっと戸のすきまからのぞくと、牛の頭をした人、馬の顔をした人、鳥の首、鹿の体をした人など、今まで見たこともない姿の、おそろしい怪物(かいぶつ)におどろき、身ぶるいがして体がこおりついてしまいました。ここで、「声をだすな、動くな」と言われた意味がやっとわかり、思わず声を出しそうになりましたが、ぐっとこらえていました。
 怪物たちは、それぞれくだものや食べ物、飲み物などを持ってきて、祭(さい)だんにお供えしました。そして僧侶は法華経を読誦し始め、怪物たちは後ろに座って両手を合わせています。夜明けまで法華経の読経(どきよう)は続きました。読経が終わってある者が、「今夜はおかしいぞ。人間のにおいがする」と騒(さわ)ぎ出しました。義叡は生きたここちがしませんでしたが、僧侶は、気をつかって怪物たちをさっさと帰してくれましたので事なきを得ました。義叡は恐る恐る僧侶に、「今の怪物たちは何者ですか?何をしていたのですか?」と尋ねると、「お経に『もし法華経を読誦している人がいれば、天龍王(てんりゆうおう)や夜叉(やしや)、鬼神等に聴聞(ちようもん)させよう』とある通り、仏さまが龍王や鬼神たちを法華経の聴聞衆(ちようもんしゆう)として遣(つか)わされたのです。驚くことも、怖がることもありません」と答えました。
 さすがにここでは修行できないと思った義叡は、朝早く草庵を出発することにしました。しかし、方向がまったく分からず、僧侶が「このひょうたんについて行きなさい」と言って、水の入ったひょうたんを縁側(えんがわ)におきました。すると、ひょうたんはふわりと浮き上がり、空を飛んで義叡の道案内をしてくれました。数時間歩くと村里の見える丘まで来ました。するとひょうたんは、すーっと空にのぼり見えなくなりました。
 義叡は、村人に山奥の草庵にいる僧侶の話をしました。村人たちは、法華経を真剣に修行している僧侶の草庵に、天界の童子が給仕をしてくれる姿や、夜になると仏さまの遣いとして、法華経を修行する者を護ると言われている様々な諸天善神が現れ、僧侶の唱える法華経を聴聞していた姿を聞いて、法華経を信じて真剣に修行する僧侶の姿を大変尊く思いました。
 お釈迦(しやか)さまや大聖人さまは、このように私たちが真剣に朝晩の勤行を行ったり、真剣に信心修行に励むと、諸天善神が必ず護ってくれると言われています。その姿は私たちには見えませんが、今回のお話のように「皆さんの身の回りに来て、いざという時助けてくれたり、人の姿となって皆さんの前に現れて、皆さんの手助けをしてくれる」と言われています。
 ですから、皆さんも御本尊さまを信じて、こうした諸天善神が護ってくれるように、毎日真剣に勤行や唱題を行い、御本尊さまに見守って頂き、諸天善神に護られるようにがんばっていきましょう。