御会式・布教講演⑨

 本日は、本年度宗祖日蓮大聖人御会式奉修、誠におめでとうございます。
 いよいよ令和三年二月十六日、宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年の大佳節まで、残すところあと三ヶ月となりました。本年も十一月に入り、いよいよ折伏活動も終盤に差し掛かり、皆様方におかれましては、コロナ禍ではありますが、「百日間唱題行」を根本に、折伏誓願目標完遂成就に向かって、御精進の誠を尽くされていることと存じ上げます。

 さて、私達日蓮正宗の僧俗が、法華講員八十万人体勢構築乃至大聖人様の御遺命である広宣流布という壮大な目標に向かって、宗内一致団結して精進している今日、世情を察しますと、新型コロナウイルスの感染拡大をはじめ、先月三十日には、ヨーロッパのエーゲ海周辺で大地震が発生し、トルコやギリシャで甚大な被害が起きていますが、日本国内でも自然災害やその他、あおり運転や詐欺事件など、大小様々な事件事故が絶え間無く報道され、目を覆いたくなるような悲惨な出来事が連日のように続いています。
 日本においてはここ数年、大型台風やゲリラ豪雨の被害に見舞われ、多数の死傷者、家屋の倒壊、農作物の不作、河川の氾濫など多大な被害を受けています。特に昨年は、連続した台風の襲来があり甚大な被害に見舞われ、本年も先の九州を恐った大雨は、近年稀にみる被害によって、大きな爪痕を残しました。また、そうした被災地においては、人命や貴重な財物を失ったことはもとより、そのストレスが要因になってか、脳や心臓に負担がかかり、例年よりもそうした病に倒れるかたが増えていると、新聞やテレビのニュースで拝見いたしました。
 これら一連の災害を見るにつけ、私達が「宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年」の大佳節に向けて精進しているこの時、まさに『立正安国論』の御文そのままの様相が今の日本に顕われ、年末に向かい障魔の用きが、より一段と強くなってくるのではないかと、危惧するところであります。

 さて先般、総本山へ登山させて頂き、御法主日如上人猊下に御目通りをさせて頂いた際、「今一度『立正安国論』を読み返し、『立正安国論』に何が著されているかを考え、折伏して行きなさい」と御指南賜りました。
 どうでしょう、皆さんは「白楽天が楽府にも越へ、仏の未来記にもをとらず」と大聖人様が仰せの、『立正安国論』を拝読され、その御意をもって『百日間唱題行』に臨んでいるでしょうか。
 大聖人様は『立正安国論』の冒頭に、「旅客来たりて嘆いて曰く、近年より近日に至るまで、天変・地夭・飢饉・疫癘遍く天下に満ち、広く地上に迸る。牛馬巷に斃れ、骸骨路に充てり。死を招くの輩既に大半に超え、之を悲しまざるの族敢へて一人も無し。(中略)是何なる禍に依り、是何なる誤りに由るや」と説かれています。この『立正安国論』に七百年前、大聖人様が説かれた天変地夭・飢饉・疫癘などの災禍が、すべて今日、この数年の間に日本国民が被った災害と全く同じではないかと感じるものであります。要するに「天変」とは、台風やゲリラ豪雨などによる大雨や洪水、「地夭」とは、たび重なる大地震、「飢饉」とは、自然災害による作物の不作、そして「疫癘」とは、平成の時代から今日に至るまで、病原性大腸菌O一五七に始まり、狂牛病や鳥インフルエンザ、重症急性呼吸器症候群・SARS、そして今回の新型コロナウイルスなどの伝染病をいいます。また、かなり前になりますが、新潟での大地震では、置き去りにされた牛や養殖の鯉など多くの家畜の死も報道されており、まさにこれは「牛馬巷に斃れ」との御文を、そのまま彷彿とさせるものであります。まさか七百年前の大聖人様の御金言が、科学や医療の発達した今日、時代を超えて、寸分違わず当てはまるような事態が実際に起ころうとは、さすがに誰もが想像されていなかったことと思います。

 それでは、なぜこのような災難が続くのか、私達正法を受持する者は、それを仏法の上からしっかりと理解し、肝に銘じておくことが肝要ではないかと思います。
 大聖人様は、それらの災害の理由を『立正安国論』に、「(主人の曰く)倩微管を傾け聊経文を披きたるに、世皆正に背き人悉く悪に帰す。故に善神国を捨てゝ相去り、聖人所を辞して還らず。是を以て魔来たり鬼来たり、災起こり難起こる。言はずんばあるべからず。恐れずんばあるべからず」と説かれています。 つまり、世間の人々が正法に背き、悪法に執着しているが故に、善神がこの国から去ってしまい、聖人と呼ばれるような尊い境界の人達が社会の表舞台から退いてしまい、この国を正法正義に導くことをあきらめてしまっている、故にこのような国では当然、魔が競い、災難が起こることになるとの意味であります。
 総本山第六十七世日顕上人は、今日の災いの原因として、かの池田創価学会が宗門への敵対行為を開始した平成二年十一月十六日、まさにその翌日に起こった雲仙普賢岳の噴火に始まり、平成七年一月には、兵庫県神戸市を中心に『ニセ本尊』を大量配布した翌日の早朝に起きた、阪神・淡路大震災などの例を挙げて、すべてが池田創価学会による大謗法行為が第一の根本原因であるとの御指南が、かつて何度かありました。
 その御指南によって拝すれば、本年の新型コロナウイルスの感染拡大や、異常気象もすべて池田創価学会をはじめとする邪宗謗法の害毒が、その原因になると理解できるのでありますが、しかし、そのように仏法上の因果を理解した上で、なおこの数年は、厳しい自然災害が激しく日本を襲い続けているとの思いを強くするのであります。 

 日顕上人は、「生活上の種々の目的のため、折伏のため、現世安穏のため、後生善処のため、あるは種々の希望や欲求満足のために、御本尊に向かい唱題することもまた、至極、結構なことであります。しかし、知ると知らざるとにかかわらず、どんな小さな利益も罰も、その元はすべて一心法界に遍満し、通ずる妙法の利益と罰であり力用であります。そのところをしっかり掴まえておけば、いかなることが起こっても動かず、恐れず、揺るぎない確信が生ずると信ずるものであります」と御指南されております。
 皆様方がどのような経緯で入信されたかは千差万別でありますが、少なくとも大聖人様の仏法を信仰していく上での基本姿勢は、僧俗全ての方々が皆同様であります。その中で大切なことは、三世の生命に立脚した正しい人生・道徳・倫理観の認識と、自己に降りかかる善悪様々な現実が、全て自分自身に原因があることを確信することであります。
 特に今、新型コロナウイルスの感染拡大によって、その疫病自体はもちろん、その感染拡大が原因となって、世の中は混乱し、人々は様々な面において不安を抱え、希望を失い、日々笑顔が無くなるような状況、何のために毎日を生きているのか、喜びや感動の絶えない人生は戻ってくるのかと考え、近年減少傾向にあった自殺者も、本年再び増加傾向にあるとのことであります。

 僧侶であっても、御信徒の立場であっても、信心とは年数ではありません。たとえ入信間もない人であっても、信心に対する自分勝手な考え方、自らのあらゆるものへの執着を捨て去り、十四誹謗を犯すことなく今この時、心の底から世のため人のため、真剣に御本尊様を信じ、お題目を唱えることができる人こそが仏道修行者として最も尊いのであります。そしてまた、生まれながらに併せ持つ宿業や罪障は、簡単に消え失せるものではありませんし、それによる自身の性格や考え方、迷いの根本たる煩悩による誤った行動や、欲望等、いくらでも不幸の原因とされるものは存在します。
 日顕上人は、「すべての存在が常に幸福で安楽でいられることを願いつつ、より強く、より正しい命の実現に向かって進んでいくところに、人間として生まれた本当の意義が存すると思うのであります。(中略)「自分はどのような意味からこの世に生まれ、どのような意義において自分の使命があるのか」ということを自覚すること、そしてその自覚の上から、さらにその使命をしっかりと遂行していくことが大切であります」と仰せであり、更に日顕上人は、「私自身も、大聖人様が戒められた、憍慢、懈怠、計我、浅識、著欲、不解、不信、顰蹙、疑惑、誹謗、軽善、憎善、嫉善、恨善という十四誹謗について、常にお題目を唱えつつ、このことに陥らないように、そして皆様と共に本当に正しく大聖人様の仏法を修行させていただくことを祈っておるものであります。この心をもって真の妙法を持っていくことこそが最高の使命であり、また皆様方一人ひとりが大聖人様の南無妙法蓮華経を受けられたことがそのまま、本当に尊い使命の全部であるということをしっかりとお考えいただきたいと思います。そこに、あらゆる日常生活の使命の遂行も、真の幸せの顕現も存すると思うのであります」と御指南されております。
 今日の恐るべき天変地夭、全世界に弘まる新型コロナウイルスの感染拡大、明日我が身に何が起こるかわからない、狂乱し腐敗する世間の状況を鑑みた時、様々な邪宗邪義の跋扈がその根本原因であり、今この混沌とした社会に、ただ一つの光明を灯し、仏国土を建設するための尊い使命を担っているのが私たち日蓮正宗の僧俗であります。

 現在、日蓮正宗全僧俗におきまして、一日二時間の唱題行として「百日間唱題行」を行っております。やはり、私たちが心から幸せを感じるような安寧なる日々や、諸難困難の解決、そして折伏成就への道は、当然弛まざる御本尊様への真剣な唱題行が根本となります。
 そうしたなかで、皆様に申し上げたいことは「御本尊様への感謝と御恩返し」、「歓喜溢れる信仰」の必要性であります。
 私たちは、日蓮大聖人さまの説く尊い信仰に縁させて頂きましたが、成仏得道への道を開いて下さる唯一無二の教えであるが故に、それを佳しとしない障魔の用きは想像以上に脅威な存在であります。しかし、私たちは世の中の全ての方々に「喜びと安らぎと感動」をもたらす大聖人さまの御教えを、今こそ一人でも多くの人に伝え弘め、コロナ禍で悩み苦しんでいる方がいたならば、その方の抜苦与楽(ばつくよらく)のためにも、まずは自分自身が日頃の信仰生活によって「喜びと安らぎと感動」を得られるような境界になることが肝要であり、そこにこそ大聖人様に対する一番最高の御恩返しがあることを銘記すべきであります。
 私たちは、日々決して安易ではない信心修行を、何の目的を持って、何の為に行じているのか?難しく言えば、現世安穏後生善処、今生現世、未来世における一生成仏のため、真の幸福を実現し有意義な人生を送るため、そして大聖人様の御遺命たる広宣流布実現のためであります。易しくわかりやすく言えば、今生現世において、与えられた人生を明るく楽しく前向きに生きるため、どんな困難が我が身を襲おうとも、信心を以て乗り越えること、そしてこの信心を一人でも多くの人に弘め伝えるためであり、そのためには何を心掛けるべきか?先ほど申し上げましたように、まずは自分自身が、日々「喜びや安らぎや感動」に包まれるような信行の実践に励むことが大事であり、自分自身がそうした境界に至らなければ、世の中の人々に弘め伝えようとしても、理解してもらうことは到底無理ではないかと思います。
 今、世間の方々はコロナ禍をはじめ、ありとあらゆる苦悩に苛まれ、人としての道を違(たが)える人や我が身を滅ぼす人、そして自ら命を落とす人が増え始めています。この悪循環を断ち切るためにも、皆様にはいまこそ主体性を持って、世のため人のため、どうか有意義な日々を送り、ただただ御本尊様の御照覧と諸天の御加護を確信し、三ヶ月後に迫った宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年の大佳節に向けて、大聖人様に対する報恩感謝の御一念をもって、新型コロナウイルス感染拡大の終熄と国土の災難を打ち払い、平和仏国土を建設するために、共々に一層の精進をしてまいりましょう。

 以上、拙いお話ではありましたが、その意とするところを、どうかお汲みいただけることを念願し、皆様の御健勝と御活躍、法華講善福寺支部の益々の御繁栄を心よりお祈り申し上げ、本日の話を終わらせていただきます。
 ご静聴誠に有り難うございました。