善鬼と悪鬼(令和2年7月)

 今、話題となっているマンガ『鬼滅の刃(きめつのやいば)』を読んだことがある子もいるのではないでしょうか。この作品は、人と人食い鬼(ひとくいおに)との戦いを描(えが)いたもので、家族を鬼に殺され、唯一生き残った妹も鬼にされてしまった主人公が、自分と同じ思いをする人を出さないために、鬼と戦い妹を人間に戻す方法を探すというものです。作品のなかで、冷酷非道(れいこくひどう)な恐ろしい存在として描かれている鬼について、仏教ではどのような存在なのでしょうか?今日は、その『鬼』について考えてみましょう。

 

 皆さんは、鬼と聞いて何を思い浮かべますか。桃太郎(ももたろう)に出てくるような恐ろしい形相(ぎょうそう)で、角(つの)があり、虎がらのバンツをはいている鬼をイメージするかもしれません。仏教で説かれる鬼は、亡くなった人の霊魂(れいこん)や、飢(う)え苦(くる)しむ餓鬼(がき)、羅刹(らせつ)、夜叉(やしゃ)と呼ばれる凶暴(きょうぼう)な怪物(かいぶつ)、地獄(じごく)の番人である獄卒(ごくそつ)、妖怪(ようかい)など、様々な種類の鬼がいます。そして、人食い鬼もまた、仏教に説かれています。それは鬼子母神(きしもじん)と呼ばれる鬼です。

 

 鬼子母神は、五百人ものたくさんの子供を産んだと言われる鬼です。気性が荒く、自分の子供を育てるために、人の子供を食べることから、人びとに恐れられていました。そんな鬼子母神に困り果てた人びとは、お釈迦(しゃか)さまに相談しました。そこで、お釈迦さまは、鬼子母神が大切にしていた子供を隠すことにしました。我が子がいなくなったことに気付き、悲しんだ鬼子母神はお釈迦さまに相談しました。すると、お釈迦さまは、「お前は自分の子供を失うと悲しむのに、なぜ人の子を食べるのか」と誡(いまし)め、我が子を失う悲しみを説きました。鬼子母神は、自分のしていたことを悔い改め改心して、それからは善神(ぜんじん)となり、仏さまを守る事を誓ったとされています。鬼子母神は、子供を襲(おそ)って食べる悪い鬼でしたが、改心して仏さまの教えを守る善い鬼となります。ひと口に鬼といっても、善い鬼、悪い鬼がいます。

 

 では、善い鬼と悪い鬼は何が違うのでしょうか。善い鬼とは、諸天善神の一つで、正しい教えと信仰者を守る存在です。鬼と言えば、総本山の五重の塔に軒(のき)を支(ささ)える邪鬼(じゃき)がいます。この鬼は、妙法の法味を得て、正法を信じる人たちを守る役割があると言われています。『法華経勧持品(ほけきょうかんじほん)第十三』には、「悪鬼入其心(あっきにゆうごしん)」と説かれ、「悪鬼其の身に入る」という意味ですが、現在、世間に目を向けると、窃盗(せっとう)や殺人といった様々な事件、イジメなど人の道にはずれた行いをする人があとを絶ちません。これこそ、悪鬼によって心が惑わされ、過ちを起こしているすがたです。

 

 日蓮大聖人さまは、『御義口伝(おんぎくでん)』のなかで、「悪鬼とは法然(ほうねん)・弘法(こうぼう)等是(これ)なり。(中略)鬼とは命を奪(うば)ふ者にして奪功徳者(だつくどくしゃ)と云(い)ふなり」と仰せられ、悪鬼は人の命を奪うだけでなく、今まで積んできた善い行いによる功徳をも奪い取る存在であると教えられています。そして、その正体こそ、正しい仏法に背く誤った教え、つまり謗法(ほうぼう)をいいます。
 教えとは、人生における指針(ししん)であり、物事の善悪を推しはかるものです。それが誤っていると、自分の人生の選択を誤ったり、誤ったな道へと進んだり、必ず不幸な人生になってしまうのです。

 

 今月は、大聖人さまが世の中にはびこっている一切の謗法を対治して、正法を信仰するよう、大聖人さまがいらした時代の最高権力者であった北)条時頼(ほうじょうときより)に、『立正安国論(りっしょうあんこくろん)』を捧呈(ほうてい)された月です。『立正安国論』には、「世の中の人々が正法に背いて謗法を信じることで、人々を守護すべき善神や物の道理を教える聖人が国から去ってしまう。そして、守護する者がいなくなった国土に魔や鬼がやってきて、その国土は災難が多発するようになる」と、人々が不幸になる原因を明らかにされています。

 

 今、世の中では新型コロナウイルス感染症によって、日本をはじめ多くの国で多くの人たちが苦しんだり、亡くなったりしています。仏教では、こうしたウイルスは、世の中の人たちを成仏させまいと、鬼がウイルスとなって人の体の中に入ってきて、仏道修行をさせないようにすると考えられています。
 私たちは有り難いことに、正しい教えを信仰し、御本尊さまに守って頂いています。しかし、世の中には正しい教えを知らず、不幸な人生を送る人、どんなに努力しても、その努力が報われない人がおり、さらにその数だけ世の中に不幸があふれ、今回のような大災難が引き起こされます。
 大聖人さまの教えは、悪い鬼をも善い鬼に変える最高の教えです。私たちは、一人でも多くの人を不幸から救うため、この教えを弘めることがでこるようになりましょう。そして今、新型コロナウイルスが流行していますが、この病気に罹(かか)ることがないように、勤行・唱題をしっかり行っていきましょう。