宝島の財宝 (令和元年7月)

むかし、インドに阿育王(あいくおう)という王様がいました。

その王様の師匠はウバクッタといい、阿育王は非常に熱心な仏教の信仰者でした。

ある日のこと、阿育王は大勢の信徒と共に師匠に法話を願いでました。

ウバクッタは、「私の師匠であるお釈迦さまから聞いた、ある隊商主(たいしょうしゅ)の話をそのまま伝えましょう」と言って語りはじめました。

 

「むかし、コーサラ国の都の舎衛城(しゃえいじょう)に1人の隊商主がおりました。

その人は氏族の長として、また、隊商(隊を組んで旅をする商人の一団)の中心として人望もあり、あらゆる商売を手がけては成功してきました。

ある日のこと、外国から来た商人に、南の小島の中に宝島があることを聞かされました。

隊商主は他の多くの商人に呼びかけ、多くの荷物と大きな船を仕立てて出航しました。

大小さまざまな島々を通り過ぎて、やっとめざす宝の島に到着することができました。

その島は金と銀の鉱山の島でした。商人たちはたいへん喜び、その山を掘り進んで大量の金塊、銀塊を船に積み込み、帰国するため出航しました。

ところが途中、突然の大嵐にあって、その船は沈んでしまい、ほとんどの商人たちはおぼれて亡くなってしまいました。

命からがら生き残れた隊商主と一部の人たちは、船の断片にすがりつき何日も海をさまよいながら、なんとか国に帰ってくることができました。

隊商主は幸運に恵まれなかったことを反省し、今度は神さまを祭って守ってもらえることを信じて、2度目の船出をしました。

前と同じように航海して、無事宝の島に到着し、金塊、銀塊を船に積み、あと1日で国に到着という前に、またもや嵐にあって船は沈んでしまいました。

そしてまた、多くの商人たちが金、銀の財宝と一緒に海の底に沈んでしまいました。

隊商主たち数十人は船の断片につかまり何とか助かることができました。

しかし、家に帰り着くと、海で亡くなった商人の家族は隊商主に、夫や父親を返せと泣き叫びました。
隊商主は泣きながら、自分が死んでしまいたい気持ちになりました。

やがて、一族の長老が隊商主の肩をなでて、
『隊商主よ、あなたは我々一族の長でもあります。どうか海の向こうの財宝のことばかり考えないで、一族の将来のことを考えてほしいものです。水がめは川や井戸に行ってこそ役にたつものです』と励ますと、

隊商主はやや不機嫌になって、
『一族のことを思えばこそ、危険を冒して宝島に行ったんですよ。2回も嵐にあって多くの商人たちと財宝をなくしたことは、本当に申しわけなく思っていますが』と言いました。

長老は
『水がめは水があって、はじめて役に立つものです。海の向こうの金銀の財宝も家に持ち帰ってはじめて役にたつものです。

隊商主が財宝を持ち帰れないのは、あなたの運命なのかもしれません。

それは、せっかく生まれてもすぐ亡くなる子供や、医者にかかって直らない人が、直ってしまう病人もいます。
商人にも成功する人もいれば失敗する人もいます。

だからあなたが2度も嵐にあったことも、あなたの運命によるものと思います。

もしもあなたがそれでも宝島のことが忘れないのでしたら、運命を支配する最高の神は大梵天王(だいぼんてんのう)です。

大梵天王に祈り、あなたの運命を変えてから出航すべきです』と訴えました。

隊商主は長老の手を握って、
『長老、よくぞ言ってくれた。私は自分の運命のままでそれを乗り越え、切り開いて行くことができなかった。今日よりは運命の神、大梵天王に帰依し、自分の運命を転換し、一族を幸せに導いていきます』と言い切り、勇気をもって3回目の出航にいどみました。

しかし、またもや嵐にあい船は海のもくずとなってしまい、隊商主は命からがら帰ってきて、死んだように家にとじこもり、だれも訪ねてくる人はいませんでした。

何日かたったあと、妻がよりそって言いました。
『あなた、力を落とさないで下さい。きっと救う道はあるはずです。祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)でお釈迦さまがお説法をされています。

お釈迦さまは仏法の王様であり、一切の人々の苦悩を救って下さる方です。どうか相談してみて下さい』と言いました。

隊商主はしぶしぶ祇園精舎に向かい、人々の後からお釈迦さまの法話を聞きました。

『人々は物事を成功させようと思ったとき、そのことのみに執着すると、ほかのことが見えなくてなって、ついにはその執着の心から苦しみが生まれてくることになります。

その自分の我見の執着心を捨てる時に喜びが生まれるものです』。

 

その話をきいた隊商主は心にぐさりとくるものがあり、お釈迦さまの教えに帰依する決心をしました。

そして、『お釈迦さま、私は今まで宝島の財宝に執着していました。しかし、今、わたしはあの財宝のために亡くした人の家族へのつぐないや、借りたお金も返したい。そしてなによりもお釈迦さまに御供養したいと思います。

今、私は自分の欲望の執着を捨てた心で、もう1度宝島に行くことをお許し下さい。そして、どうか見守って下さい』とお願いしました。

そして、4回目の出航は十数人で行われました。

幸い天気にも見舞われ、無事、金塊、銀塊の財宝を持ち帰ることができました。

隊商主は今まで亡くなった家族への十分なつぐないをして借金を返し、必要な分だけ財宝を残して、あとはすべてお釈迦さまに御供養しました。

すると、その金銀の財宝は天に舞い上がり、日の光が黄金の光となり、隊商主の家を照らし、航海で亡くなった人々を仏さまのもとへと導きました」。

 

 

この話をウバクッタが阿育王に話し終わったとき、阿育王はさらなる仏法への信心を決意しました。

そののち阿育王は、八万四千という、ぼう大な数のお寺や塔を建立し、お釈迦さまの教えを弘めたことが歴史に残されております。

この話は、宝島の財宝を、自分のためか、仏法のため人々のために求めるかによって、その結果が異なることを教えています。

 

皆さんもこれから、あれが欲しい、これが欲しいという心が出てくると思います。

マンガやゲーム機などが欲しいという心も出てくると思いますが、もしもそれが手に入ったとしたら、自分のためにだけでなく、友だちと一緒に楽しめるようにしましょう。

また、毎日の楽しみや喜びを、多くの友だちを一緒に得られるようにしましょう。

自分のことだけを考えていると、何もうまくいかないということを、今日は学んでほしいと思います。