祖父を救った孫
むかし、インドのカーシ国にバシッタカという青年が、年老いた父親とふたりで幸せに暮らしていました。
バシッタカは、父親への恩に報いるため、結婚もしないで親孝行につとめていました。
その姿を見ていた父親は、「自分のことは心配しなくていいから、お前の幸せだけを考えて結婚しなさい」とすすめました。
それでもバシッタカは、父親の幸せを常に1番に考えていました。
父親はそんな息子のためにと、若くてきれいなお嫁さんを連れてきて、結婚させることにしました。
やがて数年がたち、息子夫婦の間に男の子が産まれ、幸せに暮らしていました。
バシッタカは妻が自分の父親に対してもよく面倒を見てくれていたので、感謝の気持ちをもって、妻の喜びそうなものを買ってあげたりしました。
妻はそれを「夫はやっと父親より、私のことを大切に思ってくれるようになった」と勘違いしてしまい、だんだん体が弱ってきて、手のかかるようになった父親に対して、心から面倒を見る気もちが無くなってきました。
そして、とうとう父親の食事に、冷めておいしくないもの、熱くてやけどしそうなものを出し、意地悪するようになっていきました。
普段おとなしい父親は、じっと我慢していましたが、食べにくい食べ物、きつい言葉や自分を嫌がるような嫁の態度に深く心が傷つき、とうとう我慢しきれなくなり、大きな声で叱りつけ、あれこれと注意しました。
すると妻は、わざと夫のバシッタカに泣きくずれ、「お父さんは私を叱り、ああしろこうしろと、うるさいの。私はもうお父さんと暮らしたくない、私のことを大切に思ってくれるなら、お父さんと別に暮らしたい」と言いました。
バシッタカは、あれほど父親の面倒を見てくれていた妻が、いったいどうしたのだろうととまどいました。
しかしバシッタカは「お前、それはできないよ。父のおかげで今の自分があるし、もう体も弱ってお父さんは1人では暮らせないよ」と妻に言いました。
妻はそれでも「もうお父さんには尽くすだけ尽くしてきました。もうお父さんはそう長くは生きていないでしょうし、いっそのことお墓にでも入ってもらいましょうよ」と言いましたが、バシッタカは妻に、「お前はいったい何とんでないことを言っているのだ」と、相手にしませんでした。
しかし、父が自分からお墓に行くと言うので、気もちがゆれてしまい、父をお墓に連れて行く気もちになってしまいました。
その様子をみていた7歳になるバシッタカの子供は、大好きなおじいちゃんを助けなければと思い、その日からおじいちゃんと一緒に寝るようになりました。
いざ、父親とおじいちゃんがお墓にいこうとする時、一緒に墓地までついて行きました。
バシッタカが穴を掘るそばで、7歳の息子が「お父さん、ここは畑じゃないよ、お墓だよ。おじいちゃんを生きているまま埋めちゃうの」と父親に言い、バシッタカは苦しそうに、「おじいちゃんは重い病気で、もう生きているのも苦しいんだ。だから早く楽にしてあげるんだ」と、涙を流しながら答えました。
すると息子は、父の持っていたスコップをとりあげ、夢中で穴を掘り出しました。
「おじいちゃんを埋めるんだったら、お父さんもこの穴に埋めてあげるよ。お父さん、お願いだからおじいちゃんを埋めないで。そんなことをしたら僕はもう生きていけないよ」と泣きじゃくりながら、穴を掘りつづける息子の姿を見て、バシッタカはようやく正気にもどり、父親になんてもうしわけないことをしようとしていたんだを思い、父親に心からあやまり3人で家に帰りました。
家では妻がせいせいした気分で、鼻歌まじりにバシッタカの父親の荷物を処分していました。
すると荷車の止まる音がして外を見ると、夫の父親がいるではありませんか。
妻は嫌な顔をして、「どうして連れて帰ってきたのよ」と夫に言い、バシッタカは初めて妻に怒り、「もう出て行け、二度とこの家に帰ってくるな」と追い出してしまいました。
妻はそのうち夫が迎えに来ると、友だちの家で待っていましたが、一向に迎えにきません。
その様子を知った息子は父親に、「お父さん、お母さんはまだ反省してないみたいだよ」と伝えました。
すると夫と息子は、妻が心から反省するよう「新しい妻を迎えるような話を母親に知らせる計画」を立てました。
母親は、自分はまだ若くてきれいだし、まさか夫や子供に捨てられることはないだろうと思い込んでいましたので、夫が計画したそのうわさを聞いて、初めて自分はもうあの家に帰れないんだと気づき、後悔しました。
母親は息子にそっと会って、「お母さんが悪かった。これからはおじいさんを本当の母親と思って大事にするから、なんとかお前からお父さんに、家に帰れるよう頼んでおくれ」と真剣にお願いしました。
息子はそのことをお父さんに伝えると、バシッタカの父親も、「嫁は心から反省しているだろうから、家に迎えるように」とバシッタカに言いました。
息子は、お母さんが大好きです。そしておじいちゃんもお父さんも大好きです。
息子はまだ七歳の子供ですが、家族が仲良く暮らしてほしいと心から思い、家族があるべき姿にかえるきっかけを作りました。
「お母さんを許して下さい」との息子の言葉と、「あの嫁は以前のような良い嫁として、妻としてきっと生まれ変わるから、自分にしたことは全て許します」との父親の言葉を胸に、妻を迎えに行きました。
妻は、自分が父親を大事にし、面倒を見ていたその真心に対し、夫が自分を大切に思ってくれたことに気づき、自分の思い違いと過ちを悔い改め、心を入れかえて晴れ晴れとした気もちになることができました。
もちろん、妻はそれからは、今まで以上にお父さんを大切にして、夫や子供を心から愛し、家族の喜びを自分の喜び、生きがいにすることができるようになりました。
そして本当の意味で、嫁として、妻として、母親としての幸せをかみしめ、楽しい家庭を築くことができました。
人というのは、時に自分だけを愛してもらいたい、良く思ってもらいたい、認めてほしいと思いがちです。
しかし、そのような心を抱いてばかりいると、結局自分中心の考えになってしまい、居場所をなくしてしまいます。
そうではなく、人のことを思える心が、結局は人から大切にしてもらえることにつながっていきます。
ですから、皆さんは、家族やお友達のことを大切にすることを心掛け、決して傷つけることのないようにしましょう。
そして、友だちが傷ついている姿を見かけたら、なぐさめ助けることのできる、やさしい心を忘れずに、毎日を過ごしていきましょう。 おわり。